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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1855

「現在、上海市を中心に日本が我が国固有の領土である釣魚群島(=尖閣諸島)を一方的に国有化したことに対する人民の抗議活動が行われています。現段階では皆さまの観光コースの北京市と古都・洛陽、万里の長城は平穏ですが、日本人と間違われないために日本製品を目立つように持つことは避けて下さい。何よりも北京語で『在アメリカの同胞だ』と説明すれば大丈夫です」北京首都国際空港から北京市内に向かうバスの中で中国人の女性ガイドが反日暴動について注意を与えた。やはり日本の企業と店舗、日本人だけを目標にした暴動のようだ。9月10日に野畑政権が尖閣諸島の国費買収を発表して以降、上海を中心に反日暴動が発生し、日本人が負傷していた。ところが本間と松山裕美が旅客機の中で日付変更線を越えた15日に共産党中国外交部の報道官が「日本の誤ったやり方に対する義憤は理解できる」「中国全土が日本の誤った行動に憤りをたぎらせ、政府による正義の要求や対抗措置を支持している」と抗議活動を容認する見解を述べ、中国国内のインターネット上で絶大な支持を集めていた「日本人を殴るのは好いことだ。痛快だ。小日本は最終的に滅亡してしまえ」「野畑が罪を犯したからこうなるんだ」と言う書き込みを肯定していた。このため不穏な空気は急速に全国に拡大し、バスの前のガラスから見える北京の空にも暗雲が立ち込めているようだ。
「何だかスリリングなツアーになりそうですね」松山裕美が隣の席の本間に耳打ちした。それでも全く怯えた様子はない。むしろ夫の松山千秋から本間の中国本土での活動に対する支援を求められ、それに応えることに妻としての使命感を覚えているのかも知れない。ニューヨーク・リバティ国際空港での抱擁と口づけはその確認だったのだろう。
「来ました。アメリカ陸軍の軍曹の軍服を着ています」天安門広場に着くとバスの駐車場を警戒している治安部隊の兵士が無線で報告した。すでにツアーに参加している2人のアメリカ軍人の情報は現場にまで通知されているらしい。
今回もツアー客たちはガイドに先導されて天安門広場に立つ石碑や彫像の英語と北京語の説明を聞きながら進んでいく。本間は前回、来た時よりもかなり警備が厳重になっていることを感じていたが、周囲の在アメリカ中国人の客たちを警戒して無言で呟いた。
「歩いている様子はアメリカ軍の動作で2人の歩幅、歩調も揃っています」ツアーが前を通過すると警備の兵士が報告する。2人は陸上自衛隊のWACだから歩行が基本教練の動作になるのは当然なのだが、それがアメリカ軍への偽装に役立っている。
「判りました。実施します」これからツアー一行が向かう地点の兵士が指示を受けた。すると1人の兵士が交代を演じながらツアー客の後方を横切り、最後尾を歩いている2人に向かって敬礼した。それに本間が条件反射的に答礼した。
「答礼の動作も軍人のものです。どうやらアメリカ軍の軍人なのは間違いないようです」交代を演じた兵士は定位置に立つと顔を見合せて笑っている2人を観察しながら無線で報告した。
天安門を潜る前にガイドが振り返るように指示して人民英雄祈念碑の説明を始めると、2人は軍服を着た男に声を掛けられた。男に気がついたガイドが目礼した。
「エクスキューズ・ミー」今日の役柄は軍人なので一般人以上の警戒心を披露しても問題はない。2人は自分たちに向けられた視線を察知して近づいてくる男を注視していたが、不似合いに友好的な笑顔を浮かべている。
「アメリカ陸軍の軍曹だと思いますが、観光旅行ですが」「貴方は」男の流暢な英語に本間が北京語で質問した。男が着ている軍服で治安部隊の上尉(1尉)であることは判っている。それでも礼式=マナーとして質問は自分の身元を明かした後だ。
「これは失礼した。私はこの地域の警備を担当している江(ゴン)上尉です」「確かに私たちはアメリカ陸軍の軍曹ですが、中国では名前は言いません。目的は祖先の母国の観光旅行です」本間の回答に江上尉と名乗った男は持て余したように苦笑した。
「所属は」「それも回答しません。貴方の職務権限で質問されてもこちらは合衆国陸軍の規律に基づいて拒否します」本間は外国では不評なアメリカ軍の傲慢さまで演じ始めた。
「観光旅行なのに軍服を着用している理由は」「身分を明確にすることで不要な嫌疑を受けないためです。現在の中華人民共和国は戦時体制にあるようなので」本間の皮肉にも江上尉は苦笑を浮かべたままだ。松山裕美には北京語は理解できないが、3等陸佐が中国保安部隊の上尉を圧倒しているのは明らかで快哉に笑って聞いていた。
「それでは楽しい観光と祖先の魂が眠る大地に触れて返って下さい」江上尉が顔を引き締めて姿勢を正すと本間と松山裕美も合わせて先に敬礼した。これも士官(両中国軍で士官は陸曹を指す)・将校(同じく佐官)に対する礼式に適っている。ここでの入国審査は通過できたようだ。
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  1. 2020/03/15(日) 13:33:56|
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