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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1857(かなり実話です)

結局、本間と松山裕美は暴徒と化した群衆と野次馬の破壊と略奪を撮影しているヨーロッパ人の観光客たちの背後から事態を注視して自由時間を終えてしまった。暴徒たちは大規模店に目ぼしい商品がなくなると繁華街に建ち並ぶコンビニエンスストアでも日本の店舗だけを的確に選んで襲撃を繰り返していった。それを現場で指揮していたのは最初に円陣を作っていた群衆のメンバーだった。
「チベット蜂起とやり方は同じね」中華料理店を出る時にガイドが指示した繁華街から通り一本向こうの自動車道で待っていると言うバスに向かって歩きながら本間が見解を述べた。今夜宿泊するホテルの内部は各所に盗聴器と監視カメラが設置されているのは間違いなく、小声で密談しても映像で怪しまれてしまう。それはバスの中も同様で、雑談は歩行者に化けて尾行してくる当局の人間に注意を払いながらでなければ危険なのだ。
「2008年のチベット蜂起も僧侶に化けた人民解放軍の兵士が中国系住民を殺して、それを口実に佛教の僧侶を大虐殺したんですよね。今回もアジテーター(扇動者)以下、破壊を指揮していたのは人民解放軍の兵士でしょう」2等陸曹の松山裕美も事務員として勤務する上で夫の松山千秋から村田の死と本間が後任になった経緯の概略は聞いている。今回の入国に際しても共産党中国の危険性を理解させるため2008年3月のチベットや1988年6月4日の天安門で繰り広げられた惨劇の実態を具体的詳細に教育されてきた。
「確かにあの行動は単なる暴徒じゃあないね」本間は周囲との距離を確認した後、返事をした。大規模店内では中国人の店員を名札で識別して逃がし、日本人の管理職だけを集めて床に座らせ、周囲を取り囲んで唾を吐きかけ、暴言を浴びせるなど脅迫と恥辱を与えていた。その手際の良さは捕虜収容所や治安出動での拘束者の分別方法と共通していた。
「それにしても盗んでいった宝石や貴金属を換金する業者がいるんですかね。腕時計や宝石を幾つも鷲掴みにしてましたよ」「家電製品や食料品を両腕で抱えていた奴も一杯いたね」暴徒たちは「日本製品の販売を許すな」と叫んで店内に乱入しながら、高価な日本製の商品を選んで略奪し、抱えたまま逃亡していた。つまり始めから金品目的の集団強盗だった。おそらく換金するのではなく家電は自宅で使用し、食品は1回きりの贅沢として味わうためだったのだろう。
「兎に角、現地に来て良かった。あんな間近で犯行が目撃できたのは・・・」本間は「中央道のおかげ」と言いかけて飲み込んだ。今回の入国からこの時間に現場にいたことも第2次天安門事件で死んだ最愛する中央道が導いてくれたような気がしてならない。中央道は中国では祖先供養を勤める清明節に周恩来の死を追悼するため人民が天安門広場に供えた大量の花輪を4人組が撤去させたことで発生した1976年の第1次天安門事件に対して第2次の名を冠している6月4日の事件で死んだ。あの夜、中央道は天安門の前にいたはずなので天安門広場に向かう戦車隊に投石した市民に兵士が無差別に銃撃した大量殺人とは別に治安部隊の排除行動によって殺されたはずだ。外国のマスコミが集っていた天安門の前では当初、西側の警察の治安部隊に倣った催涙ガス弾と警棒による制圧が始まっていたのだが、学生側が火炎瓶を投げ、装甲車から兵士を引き摺り出して暴行を加えて殺害したことで武器を使用し始めた。中央道はこれも人民解放軍による自作自演であることを本間に教えたかったのかも知れない。
本間が黙ってしまって間もなく2人はバスについた。乗り込むとガイドは一番前の席に座ってコンパクトで化粧を直している。このガイドを見失って中国人民革命軍事博物館の見学を諦めたから暴動に遭遇することができた。それが単なる偶然なのは本間も判っている。
2人はホテルでは普段着として迷彩服に着替えた。ただし、靴は女性用短靴だ。自衛隊で言う第3種夏服(半袖略衣)は往復用の2枚だけなので、それまでは迷彩服で行動するつもりだ。
「これは酷いわね」夕食を終えて部屋に戻ってテレビを点けるとニュースでは日本の企業が襲撃されて徹底的に破壊された映像を流していた。本来であればこの映像を見ながら議論したいところだが、盗聴器と監視カメラの存在を前提に時間を過ごしているので、不用意な発言は避けるしかない。松山裕美も同様に怒って拳を握らないために両手を結んで見入っている。
「パナソニックは鄧小平が来日した時、松下幸之助会長に『中国人民のために』と懇願して作った工場じゃない」本間はここでも無言で呟いた。大学時代、中央道の部屋に置いてある家電製品が割高な松下電器ばかりなのに気がついて理由を訊いたことがあった。そこで説明されたのがこの逸話であり、中央道は「中国人民は恩を忘れない。恩には報いる」と強く言い切っていた。つまり現在の中国人は「忘恩の徒」に堕したようだ。
「愛国無罪、造反有理。これは便利ね。そのうち世界中で使い始めるわ」本間はセカンド・バッグに入れていた現場で拾ったビラを広げると今度は声を出して独り言を呟いた。
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  1. 2020/03/17(火) 12:48:07|
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