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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1860

最終日の万里の長城での行軍訓練が終わると北京市内のホテルに泊まった。明日は早朝からバスで北京首都国際空港に移動して帰路につく。ホテルにチェック・インしたツアー客たちは観光バスに乗り日没の午後6時15分まで限定で土産物を買いに出た。
「かなり武装警察官が増員されていますね」前回とは別の繁華街近くの車道でバスを下りると松山裕美は目につく範囲に配置されている警察官の数に違和感を覚えたようだ。警察官たちは腰の拳銃とは別にカバーで覆った銃を肩に吊っているが、それが殺傷力がある小銃なのかゴム弾用のガス銃なのかは判らない。どちらにしてもこの装備は通常の警察官ではなく人民解放軍の治安専門部隊・武装警察隊だろう。
「どのくらい強いか試してみたいよね。南北朝鮮軍は跆拳道(テコンドー)だけど中国は抗夫(カンフー)じゃあないかな」「まさか太極拳じゃあないでしょう」本間の冗談に同好者の松山裕美も笑って応じた。日本の警察は柔道と剣道を基本にしているため逮捕時の格闘でも殴打や蹴りよりも体の捌きで刃物を封じ、投げ技で取り押さえ、無傷で身柄を拘束することに長けている。その点、人民解放軍の武装警察隊は中央道が死んだ第2次天安門事件での武力制圧を国際社会から徹底的な批判を受けたことで日本の警察の機動隊を参考にして創設されたと言われているが、それを警察ではなく軍内に設置したことに中国共産党の別の意図を感じる。ただし、松山裕美の興味は女性自衛官ではなく空手家としての腕試しだ。
「やっぱりあっちこっちで企業や大型店が破壊されたから、中国共産党としても放置できなくなったんですね」「自作自演の癖に対策は執るんだよ。それで言い訳になるって思っているところが凄いよね」本間の返事は痛烈だ。北京語に堪能な本間は中国人たちが扇動者が叫ぶ反日に呼応しながらも便乗して日本商品を強奪する狙いを口にしているのを聞いているだけに愛国心よりも正義感による怒りが胸の中で燃えていた。
「これって何が書いてあるんですか」繁華街に入ると大半の店舗の通りに面したウィンドウには北京語を大書した紙が貼ってあった。これが広東語の繁字体であれば松山裕美にも読めるのだが原形を留めない簡字体なので理解不能なのだ。
「要するに『尖閣諸島の国有化は野畑政権の犯罪だ』って糾弾してるんだよ。こうしておけば反日暴徒に襲撃されないって言うお札なんでしょ」「随分と大きなお札ですね」松山裕美は肩をすくめて皮肉に笑った。張り紙は興奮した商品のポスターを張り合わせて作った紙に黒々とした文字を並べてウィンドウの全面に及んでいる。
「この店は日本の企業の販売店じゃあないですか」「うん、『釣魚群島は中国固有の領土だ』『日本政府は不当な要求を止めろ』って書いてあるよ」本間の説明に松山裕美は不満そうな顔をしたが、これが襲撃除けのお札なら危ない店舗は目立つように貼らなければ加護がない。
「酷ーい。日本人は皆殺しにしろだって」「怖くてこの店じゃあ買えないね」「写メにして親に送ろうっと」その時、通りの反対側から女性の日本語が聞こえてきた。顔を向けると数人の若い女性が中国の菓子と雑貨を並べた店のガラス戸に貼られた紙を見ながら無邪気に日本語で会話を始めている。どうやら中国語が判る者が各店舗に貼られている紙を読み上げながら歩いてきて、この店の過激な文章を説明したようだ。それでも女性たちに危機感はなく、たまたま異国情緒に行き当たったような態度だ。実際、1人が携帯電話を構え、奥から出て気歌店主の制止に気づかないまま画像を撮影し、罵声を浴びせる店主にもレンズを向けた。
「お前たちは日本人だな」店主の大声を聞いて集ってきた群衆が女性たちを取り囲んだ。中国各地で日本人が嫌がらせを受けた発端はたまたま口にした日本語を理解した中国人が周囲に指摘したことだった。多くの日本人は「日本語を理解する外国人は親日派だ」と思い込んでいるが、それは中国と韓国には適用できない。
「きゃーッ」女性が悲鳴を上げると群衆たちの興奮に火が点いた。男たちは女性たちのカバンを奪い、中身を地面に振り落とした。それに手を伸ばして奪い合う者たちがいる。
「止めてェ」「お巡りさん助けて」男たちの手が女性たちが着ている海外旅行用のワンピースに伸びると悲鳴は絶叫に変わった。本間と松山裕美は周囲を見回したが警察官は顔を向けているだけで動こうとはしない。こうなると日本人以前に軍人として放置できない。
「ストップ、不正行為は止めなさい」本間は北京語ではなく英語で声をかけながら女性のスカートの裾を掴んで上に引き上げている男の背中を掌で突いた。後に松山裕美が続く。
「お前も日本人か」「合衆国陸軍軍人として不正行為は放置できない。実力で阻止する」男の1人が日本語で声をかけたが英語でかみ合わない回答を返し、2人で構えた。それを見て警察官が駆け寄ってきた。やはりアメリカ軍軍人の介入は回避しなければならないらしい。
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  1. 2020/03/20(金) 14:19:48|
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