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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1866(一部、実話です)

「おい、少し早いが今年の胡桃(くるみ)だぞ」今日も船岡町郊外の森の奥の小山の上にある桃爺夫婦の旧宅跡に設置した宿泊施設兼演会場=想起庵の整備に励んで帰宅した茶山元3佐は妻の静(しずか)に途中で収穫した胡桃と山わさびを手渡した。関東や中部地方では胡桃の収穫は10月下旬からと言われているが東北地方ではもう少し早い。山わさびの根はそのまま磨り下ろせば辛さでご飯が進む1品になる。
「貴方、外国から手紙よ」7つ道具を倉庫に片づけて居間に上がった茶山元3佐に静が台所から声をかけた。腰を下ろした炬燵の上には横文字で住所を記した封書が置いてある。手に取って見ると切手は女王の横顔だがイギリスではなさそうだ。
「ネーデルランドって聞いたことがあるな」「聞いたことあるけどどこだっけ」茶山元3佐は切手の上部に書いてあるアルファーベットを読んで声をかけたが、静の返事も相槌だけだった。考えてみれば切手の国名を読むくらいなら差出人のローマ字表記を読めば早いのだが、国際郵便の差出人は外国人と決めつけているため後回しにした。そもそも「Ninjin T(大空=僧侶の道号).Moriya」と言う氏名は日本人とは思えない。
「開けて読んでみなさいよ。カンボジアの友だちかも知れないよ」封筒を弄んで躊躇している茶山元3佐にお茶を持ってきた静が声をかけた。静としては夫が外国人と知り合ったのはカンボジアPKO以外には思い当たらないのだ。とは言え英文でも自信がないのにネーデルランド語ではお手上げだ。それでもハサミを手渡されてしまっては開けざるを得ない。静が好奇心丸出しの顔で覗き込んでいるので仕方なく封筒の上辺を切った。
「日本語じゃあない。誰からなの」「モリヤくんだ」中身はパソコンでA4版の紙に2枚の手紙だった。最後の署名が毛筆なのもいつも通りだ。実際、モリヤと知り合ったのはカンボジアPKOだったから静の勘は当たっていた。
「モリヤくんはオランダに転属になったそうだ」「モリヤさんって2佐で弁護士だったわよね」自衛官の妻生活を務め上げ、無事に定年を迎えた静も外国駐在の役職に詳しい訳ではない。むしろ最近は幹部だけでなく陸曹の旧部下たちからも「PKOに参加した」と言う便りが届くため混乱の方が先に立っている。そんな中、モリヤについては息子夫婦を自宅に宿泊させたことがあり、海上自衛隊のイージス護衛艦と漁船の衝突事故の裁判のニュースで顔が映ると教えられるので特に親近感を抱いていた。
「国際刑事裁判所の次席検察官になったんだとさ。昔から英語が得意だったからな」カンボジアで一緒になった時もモリヤは英語力を買われて指揮所の通訳要員だった。その後も北キボールPKOに同様の職務で参加しているから語学力は維持しているらしい。
「ふーん、日本で出せば安上がりだった転属案内が急な転属で国際郵便になってしまったって嘆いているよ。急にオランダへ行けなんて法務幹部は大変な職務なんだね」茶山家に限らず地方の自衛官の多くは保守系のY売新聞を購読しているので(都市部ではS経新聞になる)、モリヤが二村由美事務官にはめられたA日新聞の靖国批判記事は知らない。だから唐突にオランダへの転属を命ぜられたと解釈したようだ。
「何々、『ご下問があった梅沢道治中将についてはイージス艦の裁判の証人尋問が終わり、審理が中休みになったところで目黒の防衛研究所に行って調べようと思っていましたが、今回の転属で不可能になりました。誠に申し訳ありません』だそうだ。梅沢閣下のことはモリヤくんに訊けって言ったのはお前だぞ」「上原さんじゃあなかったっけ」茶山家の茶の間に宮城県出身の梅沢道治中将の話題が上ったのは年末の連続ドラマ「坂の上の雲」の時だった。日露戦争の旅順要塞攻城戦で日本軍が映画「203高地」のように坑道を掘っていたのかに疑問を感じたことから日本工兵の父である上原勇作元帥に関心が移り、そこから日露戦争で活躍した梅沢道治旅団長に広がったのだった。静が戦史に詳しいモリヤに訊くように勧めたのがどちらだったのかは今となっては思い出せない。
「防衛研究所には母方の曾祖父の青山寛少将について調べるために行くつもりでしたから気にしないで下さいかァ。モリヤくんの曾祖父さんは陸軍少将だったんだな」モリヤは手紙では触れていないが青山少将は日露戦争では有名な橘大隊の中尉の小隊長として沙河の激戦にも参加している。その意味では由緒正しく血統書つきの軍人・自衛官なのだ。
「オランダじゃあ日本の食べ物が手に入らないんじゃあないかしら。何か送ってあげようかな」茶山元3佐が軍人の話題に興味を巡らせていると静が女性としての思案を発揮した。今でこそ日本ではヨーロッパやアメリカ、中国の料理を「洋食」「中華」と区別しなくなったが、オランダで日本料理が普及しているとは思えない。確かに妙案ではあるが問題は送料だ。
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  1. 2020/03/26(木) 11:20:16|
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