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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1872

「貴方、船便の荷物が届いたわよ。それから茶山さんからも航空貨物が1つ」その日、帰宅すると台所で夕食の準備をしている梢が振り返って声をかけた。
「随分時間がかかったな。そろそろ冬物が必要になるからギリギリだったよ」発送する時、郵便局は「日本からヨーロッパまではアメリカやアジアに比べて貨物船の便数が少ないため2ヶ月程度かかる可能性がある」と説明していたが、その一歩手前だった。
「衣類は後で片づけるから置いておいて。私が仕舞わないと場所が判らなくなるからお願いね」梢はリビングの隅に大量の段ボール箱を衣類と本、雑貨に分けて積んでいる。取り敢えず私は本を書棚に並べれば好いらしい。
「その長い箱は軍刀なの。美術品で許可をもらっているけど税関から郵便局に要確認の指示が出たみたい」「そうだけどお前が答えたんだろう」私の確認に梢は「はい」と返事してうなずいた。この長く厳重に梱包した箱の中身は真剣の軍刀2振りだ。1振りは儀礼刀として使う鎌倉の骨董品店で出会った戦死の怨霊付きの海軍陸戦隊仕様の軍刀だが、もう1振りは都内の刀剣屋で購入した脇差の真剣を特別注文で軍刀の拵えにした携帯護身用だ。私は短剣道5段だが剣道の心得はなく、長刀を持っていても役には立たない。北キボールで暴徒を刺殺したラブレス・ナイフは警察に証拠品として没収されたままなので銃を携帯できない時にはこれを提げて危険地帯に踏み込むつもりなのだ。しかし、ラプレス・ナイフの硬度は64なのに対して日本刀は55程度なので信頼性は少し落ちる。
「やっぱり本を読むなら日本語だな」梢が料理をテーブルに運び始めるのと私が本を並べ終わるのは同時になった。こうして愛読書が目の前に並ぶと精神の基盤が固まったような安心感がある。それよりも英語の文章に悪戦苦闘する毎日が続いているので、梢と再会を果たした時のような言葉にできない至福感を噛み締めていた。赴任に当たり国際法や国内法、自衛隊小六法の蔵書から発送直前に買い集めてまだ読んでいなかった法律関係の書籍は航空便で送っていたが、今回は佛教書から歴史書、さらに漫画や秘蔵のヌード写真集まで入っている。佳織は再婚後に持ち込んだ私がヌード写真集コレクションを「前菜」「起爆剤」と笑って許していたが、梢とつき合っていた頃には基地の中に置いていたので見せたことがない。現在は「(性的不能の)リハビリ用具」と説明するしかなさそうだ。
「ふーん、相変らず勉強家だね。貴方って判らないことがあるとそのまま本屋に連れて行って本探しにつき合わせたもん」「その本を回し読みしたじゃないか」壮観に整列した本の前で腕を組んでいる私の横に立った梢は素直に感心しながら思い出を語った。確かに2人で過ごしていて沖縄の歴史や芸術、花や虫、魚などに興味や疑問を持つと本屋へ直行して関係する書籍を探したものだ。おまけに読んで判らないことがあると著者に質問の手紙を送って教えを受け、そのまま文通になることも多く、大学中退とは言え内弟子のように勉強を続けていたのだ。
「それじゃあ私は回し読みを再開するわ」「その前にお前の本を那覇から送ってもらえよ。海外旅行の解説書なら大歓迎だぞ」私の提案に梢は書棚の空きスペースを目で確認し「入るわね」と答えながら食卓に戻った。
「茶山さんが沢庵と梅干、それから日本茶を送ってくれたのよ」「それでも自家製じゃあないね」そうは言っても航空便で漬物を送るのは梱包の密封性から考えて無理がある。おそらく茶山元3佐の奥さんは手造り自慢の漬物を送ろうとして郵便局に断られたのではないか。そのため今回はビニール梱包が完璧な市販品になったのかも知れない。
「本土の沢庵を食べるの初めて」「そうかァ、沖縄ではあまり漬物を食べないもんな」2人で手を合わせてから沢庵を頬張ると梢がパリパリと軽快に音を立てて噛み始めた。禅寺の作法では無音でなければならないが、それには薄く細かく刻む工夫が必要だ(その癖、体験参禅者には厚く切って音を出させ、叱責する)。それにしても沢庵も意外にパンに合うような気がしてきた。そうなると材料は大根ではなく英語でラディッシュになりそうだ。
「ねェ、私に言うことがあるんじゃあないの」2人でシャワーを浴びベッドに入ると私の胸に顔を埋めながら梢が訊いてきた。やはりこの人に隠し事はできない。
「うん、今日の会議でコートジアールの裁判資料に納得できないと言ったから現地を視察することになった」「早速、やっちゃったのね」胸に直接響く梢の声が少し擦れた。
「私が言うことはあの頃と同じよ。気をつけて納得できる仕事をして下さい」「うん」私たちにはこれで十分だ。梢は大韓航空機撃墜事件で航空自衛隊が事実上の臨戦態勢に入った時、久しぶりに会って話を聞いた後、「貴方が死んだら私も死んじゃうよ」とだけ答えた。これからはその責任を自覚しながら危険地帯に踏み込まなければならない。
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  1. 2020/04/01(水) 13:28:49|
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