FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1873

数日後、私と梢は電車でユトレヒトに日帰り旅行した。ユトレヒトは先日の電話で志織が「ミッフィーの街」と言っていたが、今回の目的はオランダ陸軍参謀本部への訪問だ。
「昔の映画だとヨーロッパの駅ってホームがなくてタラップで上るみたいだけど今は日本と変わらないね」「今は身体障害者や高齢者に配慮しなければ許されないんだろう。社会福祉って言うのはヨーロッパが発信源だからな」梢とは国際通りの映画館の地下にあった古典専門の映画館で昔の名作を数多く見たが、沖縄には鉄道はないから駅のイメージは映画で描いていたのかも知れない。そう言えば今回、淳之介とあかりと一緒に東京に来た時、駅で電車に乗るのに私の手を固く握っていたから、あれが初体験だったのかも知れない。
「30キロなら朝からサイクリングでも面白いけど今日は制服だから残念ね」「確かにオランダは平だからサイクリングには最適だな」しかし、私たちの家庭用自転車=ママ・チャリで30キロは少し辛い。あの頃はサイクリング車だったから2人乗りでも10キロくらいは平気だったが、熟年カップルの遠出には電車が無難なようだ。
「ゴーダかァ。チーズを買って帰りたいな」電車の窓から外の風景を満喫していると車内放送を聞いた梢が妙なことを口にした。私には「ハウダ」にしか聞こえなかったが、それがどうして「ゴーダ」なのか。困惑と疑問を同時上映している私の顔を見て梢は笑いながら答えた。
「オランダ語だとGがハ行のHに近い発音になるのよ。私もオランダの観光案内の片仮名の地名がハーグじゃあ日本人の旅行者には判らないからハウダに訂正するように連絡しようと思ってたわ。だってゴーダ・チーズってオランダの定番だもん」梢が英語のオランダ語教室に通い始めてまだ2ヶ月にならないが、地名の読み分けから始まっていることは聞いている。私としては同じアルファーベット表記なら大差はない=時間の浪費と思っていたが、これは念入りにやってもらう必要がありそうだ。
「やっぱり乳製品が名物になるだけあって牧場が多いよな」梢の説明に私は今更ながら風景の特色に気がついた。オランダには水田がない代わりに麦畑が広がっているが、短く収穫を終えて刈り込んでいると牧場と見分けがつかない。おまけにオランダの牧場は柵ではなく水路で囲っているため水田の灌漑用水路と混同してしまう。
「ゴーダ・チーズって円盤みたいなでかいチーズだろう。あれを切ってパンに載せて焼くのを食べてみたいんだよ」この希望はスイスが舞台の「アルプスの少女ハイジ」であってベルギーの「フランダースの犬」ではない。それでもスーパーマーケットで巨大なゴーダ・チーうを売っているところを見るとオランダでも同じような食べ方をするはずだ。それでも梢が「作る」と即答しなかったのは私が持病で課せられているカロリー制限の計算をしていたらしい。
「あれは長崎のハウステンボスにあるシンボル・タワーのモデルになったドム教会だわ」ユトレヒト中央駅から出ると目の前にドム教会=聖マルテイン大聖堂の尖塔がそびえ立っていた。梢が先に解説したが本人は観光案内で見ただけだ。しかし、私も前川原の同期たちがパンフレットを囲み日帰り旅行の相談をしているのを横から眺めていた。あの時は佳織だけが残り、2人で映画の梯子を楽しんだ。あれは単身赴任の貧乏侯補生生活の甘い思い出だ。
「香川県にはレオマ・ワールドって言う遊園地があるんだけど、世界の名所を3分の1サイズで再現してるんだ。その点、ハウステンボスは実寸大だろう。やっぱり九州人は四国人と違って豪気だなって感心したよ」「レオマ・ワールドは四国ツアーのパンフレットで見たことがあるけど一度、閉鎖になっちゃたよね」やはり全国官費旅行巡りの私よりも長年旅行会社で勤務してきた梢の方が数段上だ。現物はこれから見て回れば良いのだから予備知識は任せるに限る。
「ルテナン・カーノー(2佐)・モリヤですね」陸軍参謀本部の門衛は流石に優秀だ。訪問は前もって連絡してあるのでそれが歩哨にまで徹底されている。陸軍上等兵の歩哨は基本教練の模範のように敬礼すると警衛所に私と梢の到着を肉声で伝えた。敬礼した時の視線が胸のオランダ軍の略綬に注がれていたが、これを佳織が代理で受領したのはここだった。
かつて防衛庁が赤坂六本木の檜町駐屯地に在った頃は全国の部隊が交代で警衛勤務を担当していて、これも毎度の如く「部隊の名誉」を賭けて異常な気合を入れていた。要員の選抜に始まり、警備関係法規の教育、基本教練と逮捕術の訓練から部外講師による失礼のない会話法まで練習して決死の覚悟で出発していた。おまけに制服と作業服を新品に更新する念の入れようだったが、私は幹部として陸上自衛隊に編入したので参加したことはない。
「国際刑事裁判所のプロセキューター(検事)、ジャパン・ジエータイのルテナン・カーノー・モリヤ。オランダ陸軍参謀本部総務課のケンぺル中佐です」間もなくオランダ陸軍の中佐が歩いてきたが英語の呼びかけが混乱していた。私としては2佐と呼んでもらいたい。
スポンサーサイト



  1. 2020/04/02(木) 13:30:07|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<4月2日・東海地方限定「マラソンの父」・日比野寛の命日 | ホーム | 第88回月刊「宗教」講座・短いお経シリーズの第4弾「龍樹菩薩讃準提陀羅尼」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6051-fd373156
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)