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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1875

赴任が唐突だっただけにオランダに着任してからの手順はかなり混乱している。本来であれば最初に挨拶に向かうべき異国の同業者である在オランダ日本大使館の防衛駐在官がオランダ陸軍参謀長への謝辞よりも後回しになってしまった。おまけに日本大使館はスフラーフェン・ハーブ市内でもスケベニンゲン=スヘフェニンゲン地区の自転車で行ける距離にあるのだ。
「やっぱり日本の大使館だね」電話で面談の予約を取って梢と2人で自転車に乗って日本大使館に向かうとそこは大使館街と言うような地区で、狭い道路沿いに低い無防備なフェンスで囲まれた煉瓦積みの豪邸のような各国大使館が建ち並んでいる。そんな中で日本大使館だけは味も素っ気もない定規で引いただけの鉄筋コンクリート3階建てだった。
オランダ人の警備員は制服を着た私が自転車で来たことに困惑したが、すぐに電話で連絡して在外公館警備官を呼んだ。すると見慣れた海上自衛隊の制服を着た1尉が走ってきて6歩手前で立ち止まると肘を横45度、前45度に突き出す海軍式敬礼をした。戦後の海軍関係の著作などでは海軍式敬礼を「狭い艦内で行動するため脇を締める」と解説しているが、それは私の答礼の陸軍式との比較であって縮こまって敬礼する訳ではない。
「近藤1佐、国際刑事裁判所のモリヤ2佐がこられました」在外公館警備官に案内されて防衛駐在官室に通されると意外にも自衛隊式に階級で呼んだ。防衛駐在官は1等書記官相当の身分で外務省と兼務しているとは言え陸上自衛隊的には出向先の肩書を名乗るのが常識だ。やはり海上自衛隊にはそれが許される権威と気概、伝統があるのかも知れない。
「これはようこそ。ご多忙な中お時間を作っていただき有り難うございました」在外公館警備官が大きく開けたドアから中に入ると窓際の執務机の向こうで近藤1佐は立ち上がり、ニコヤカに声をかけてきた。この雰囲気では正面に立って申告式に挨拶する必要はなさそうだ。案の定、近藤1佐は手でソファーを勧め、在外公館警備官は退室した。
「こちらは・・・」「私設秘書兼通訳の安里梢です」ソファーに向かい合って腰を下ろすと近藤1佐が梢の顔を見て怪訝そうな表情をしたので先に説明した。佳織が代理で勲章を受章した時、在オランダ大使館の防衛駐在官の世話になったことは聞いているので、業務の記録が残っていたのだろう。すると間もなく金髪を後ろで縛ったオランダ人の女性が紅茶を運んできた。
「モリヤ2佐のソースは」「U(=一般課程)でB(=防衛大学校)の44期相当です」近藤1佐が出身課程を「ソース」と横文字の隠語で訊いたのでアルファーベットの略語で答えたが、Uはユビバーシティーと大学の英語でもBはボーエイダイの音訳なので適切かどうかは判らない。ついでにエリート・コースである防衛駐在官には防衛大学校出身者が多いと推理して補足説明しておいた。おまけで前川原では部内のIは「イチオー(=一応)」課程、3尉候補者のSは「シルバー(=高齢者)」課程と呼んでいたことを思い出した。
「モリヤ2佐にはあまごと漁船の衝突事故では大変お世話になりました」しばらくの世間話の後、近藤1佐は背中を伸ばして礼を言った。
「あれは職務を遂行しただけで個人的に何かをやった訳ではありません」「でも1審で無罪を勝ち取れたのは自衛隊の立場を法廷で説明できるモリヤ弁護士が加わったことが大きいんじゃあないですか。なだしおの時とは全く違いましたから」この過分の賛辞も私としては2審の判決を見届けることなく赴任したことが心残りだったが、隣りで梢が鼻をすすった。
「それにしても向かいがインドネシア大使館と言うのは皮肉な区画割りですね。オランダにとってインドネシアと日本の組み合わせは第2次世界大戦における最大の悪夢でしょうに」「確かにそうですね。今指摘されて気がつきました」私の歴史談議に近藤1佐は感心したように苦笑した。現在でもオランダでは元捕虜たちが日本軍のインドネシアへの侵攻や捕虜収容所の待遇に抗議する活動を続けていることが新聞などで紹介しているから知らないはずはないのだが、謙遜して花を持たせてくれたようだ。
「そう言えば明後日に自衛隊記念日の祝賀会を催すんですが、安里さんと一緒に出席しませんか。本当は招待状を送ろうと思っていたんですが、来られた時に直接渡そうと保留したままになっていました」「自衛隊記念日ですか。意味不明な記念日ですが数少ない防衛駐在官主催の式典ですから、ここは1つ花を添えますか。勿論、こちらがですよ」私が承諾しながら梢を見ると困るかと思えば誇らしげにうなずいた。しかし、梢は正装を持ってきていないので買わなければいけない。このまま自転車で市街地に行くことにしたが今日は制服になる。台湾・中華民国陸軍の王茂雄中校(2佐)は将校としての威厳を保つことにかなりこだわっていたが、オランダではどうなのか。イギリス軍の将校には貴族階級の者が多いと聞いているが、オランダに貴族制度が存続しているかも判らない(家系としてのみ存続しているが特権はない)。
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  1. 2020/04/04(土) 12:09:03|
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