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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1879

ロシア軍は他の国の軍人から敬遠されているらしく駐在武官は私を捕まえて放さなくなった。確かに現在のロシアは元KGB(カーゲーベー)のウラジミール・プーチンが大統領に復活していて、関われば得るよりも奪われることの方が多いのは間違いない。つまり私は罠に掛かってしまったウサギなのだ。するとひときわ洗練された軍服を着た駐在武官が冷ややかな視線を私たちに投げて目の前を通り過ぎていった。通常、軍服の礼装は私の雪駄型の階級章のように装着品で飾ることが多いが、その軍人は濃紺の立った襟の中から白のワイシャツが見えるお洒落な軍服を着ている。しかも飾りを装着するのではなく袖に細い金線が刺繍されていて、それが帝国陸海軍の大礼服のように過剰ではなく軍服の美学の極致だ。その肩の両端に縦に装着した階級章には見覚えがある。あれは明治45年に制式化された軍服と同じだからフランス陸軍の駐在武官らしい。これこそ私が人脈を構築したい目標だった。
「すみません。飲み物が終わりましたので取りに行きます」相変らず皮肉を並べて喜んでいるロシアの駐在武官に詫びを言って私はソムリエのところへ戻った。
「今度は彼女が飲んでいるボルドーをたのむ」私の注文にソムリエは一瞬怪訝そうな顔をしたが、「ウィ」と答えて別のグラスに赤いワインを注いでくれた。その間に梢を探すと近藤1佐夫人に伴われて各国駐在武官夫人たちと談笑していた。
私がワインを持って振り返ると目標であるフランス軍の駐在武官がソムリエのところにやってきた。やはり駐在武官とソムリエはフランス語で話し始めたが内容は全く判らない。結局、私や梢と同じボルドーのシャトー・ラフィット・ロートシルドの1975年物を選んだらしく、開けてあるボトルから注いだグラスを受け取った。
「英語で良いですか。同じボルドーですね」「ウイ、日本の大使館はイギリス式で防衛駐在官はアメリカ式だからどちらにしても英語しか通じないだろう」フランス人の皮肉はバラの棘に例えられることがあるが確かに痛い。ヨーロッパの社交界はオーストリアのハプスブルグ家を頂点としてその芸術志向や作法が婚姻関係と共に広まったと言われていて、フランスも後発だがイギリスはさらに後進の田舎者なのだ。それを有り難がっている日本の皇室と外務省を小馬鹿にしているらしい。またアメリカ軍も第1次世界大戦までは田舎者の寄せ集めに過ぎず、騎士道によって秩序立てられたヨーロッパの軍隊よりも格下と腹の中で馬鹿にしている。
「ソンテー」前置きが終わったところで駐在武官=デュブラ大佐が発声してグラスを顔の前に掲げた。私は梢に借りた観光ガイドで「フランスではチンチンと発声する」と読んでいたので少し戸惑ったが合わせて「乾杯」と日本語で唱和した。ちなみに「チンチン」はグラスを打ち合わせる音で、グラスを合わせるのは互いに毒見する習慣の名残だそうだ。
「11月1日を自衛隊記念日にした理由は何かね。始まりの大使や防衛駐在官のスピーチでも何も触れていなかったが」唐突に痛い質問を受けた。いまだに陸上自衛隊に巣食う銃剣道はフランス発祥の武術だからこれは直突初一本だ。
「それが何もないんですよ。帝国陸軍は奉天会戦の3月10日、帝国海軍は日本海海戦の5月27日でしたが、自衛隊には戦歴がないので・・・」「ならば創立記念日にすればどうだね」「それは8月10日なので夏季休暇に重なってしまいます」本当は酷暑の中での式典を避けたのだが、隊員がひ弱であるかの印象を与えるのは避けた。フランス軍の式典が行われる革命記念日は初夏の7月14日だからこれは正解だろう。
「フランス陸軍の軍服は茶灰色だと思っていました。我が陸上自衛隊の制服も以前はフランス軍に似た色だったんですが、今ではアメリア軍の物真似になってしまって残念です」拙い話題を換えるため私が軍事豆知識を披露するとデュブラ大佐は少し関心を示した。やはりフランス人は男性でもファッションに興味があるようだ。
「これは礼服ですか」「ううん、パーティー服だよ」軍隊にパーティー用の服装があること自体が驚きだが、確かに仰々しい礼服よりは軽快だ。それにしても茶灰色の制服に変更した中曽根康弘防衛庁長官のセンスには感心してしまう。
「ところでお願いがあるんですが」軍隊のファッション談議で打ち解けたところで本題に入った。この流れは常識なのかデュブラ大佐も特に態度を変えない。
「間もなく国際刑事裁判所の次席検察官としてコートジワールPKOを見学することになりますが、外人部隊の日本人を通訳につけてもらえませんか」この要請は想定していなかったようでデュブラ大佐は黙って考え込んでしまった。
「ノン(駄目だ)、外人部隊は母国を捨てて入隊しているから、軍が彼らの決意に反することを強要することはできない」私の方はこれも想定していた回答だが対策は見つけていない。
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  1. 2020/04/08(水) 12:40:50|
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