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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1880

「パリの在外公館警備官はフランス語ができるんですかね」出席者の酒が進んで難しい話題を控えることになった頃、ようやく私は近藤1佐に辿りつくことができた。それでも仕事の話題になるのは私たちが他業同社の職業人同士だからだ。
「在外公館警備官の選考基準にフランス語は入っていないから難しいんじゃあないかな。自主学習で修得すれば別だけどそんな余裕はないだろう」やはり近藤1佐の答えも私の見解の確認になった。在外公館警備官は陸海空の1尉と警察の警部から選抜されるが、防衛大学校と一般(部外)課程出身の1尉では部隊経験が短いため現地雇用の警備員を指揮させるには不安があり、逆に十分な経験を積んで1尉に昇任した部内出身者を対象にしていると聞いている。
「そうなると自費で雇うしかないですね。それでもこの間まで戦場だった危険地帯に赴く者を探すのは不可能だから外人部隊の日本人を貸してくれって頼んだら断られました」「要するに日本人なら籠絡できると言う目算ですな。それが駄目だったから在外公館警備官に目をつけたのかね。流石はモリヤ弁護士だ。凡人とは視界が違う」酒が入っているとは言えこの過分な誉め言葉は、イージス護衛艦・あまごと漁船・軽得丸の衝突事故の1審を近藤1佐は護衛艦の艦長として注視していたそうなので、私が普通の弁護士とは異質な論理展開で検察を翻弄していたことを知っているからだろう。
「貴方、安里さんは沖縄のご出身なんですって。旅行社の空港支店にお勤めだったから語学に堪能なのよ。驚いちゃった」そこに近藤夫人と梢が戻ってきた。梢も思いがけず社交界デビューを果たし、頬が少しボルドーの赤ワインに染まっている。
「貴方は楽しめたの」ここで梢が私に声をかけてきた。案の定、秘書兼通訳と紹介している梢が慣れた口調で「貴方」と呼んだことに近藤1佐夫妻は顔を見合わせた。
「奥さんに連られたな。それに酒も入っている。ワシの方は語学力の限界で目的は未達成だったよ」取り敢えず弁明をしてから答えた。
「目的って」「フランス語の通訳を探しているんだ」すると夫人が小声で訊ね、近藤1佐は事務的に説明した。それを受けて近藤1佐夫人は梢の顔を見ながら提案してきた。
「通訳なら安里さんで良いじゃあないですか。フランス語も堪能でデュブラ大佐の奥さんも感心していましたよ」「はい、私が同行します」コートジワールでの調査と言う前提を知らない夫人のお気軽な提案にそれを熟知している梢が即答した。これには近藤1佐が厳しい顔をした。
「それは無理でしょう。モリヤ2佐も貴女を危険な地域に同行することなどは慮外の沙汰のはずだ。ウチのは酔っているようですから真面目に受け取らないで下さい」近藤1佐の説得に梢は私に寄り添って手を握り、夫人は意味を理解して軽く頭を下げた。
「大丈夫です。私たちは結婚できなくても死ぬ時は一緒って決めていますから、戦場にだってついていきます」梢の答えに近藤1佐夫妻は真顔になって私たちを注視した。これは酒席で酔った梢の戯言として消去するしかない。私はグラスに半分ほど残っているモーゼルの白ワインを飲み干すと近藤1佐に別の提案をした。
「閉会の前に私に1曲、元へ、3曲唄わせてもらえませんか」「歌ですか。先ほどは安里さんの熱唱に酔わせていただきましたが、モリヤ2佐は何を」どうやら近藤1佐も話題の転換に乗ってくれたようで、表情を緩めて確認してきた。
「海空陸の自衛隊歌です。男と生まれて海を征く・・・」「若い命の血は燃ゆる」「香れ桜よ黒潮に 備え揺るがぬ旗印・・・」説明の代わりに海上自衛隊歌「海を征く」を唄い始めると近藤1佐も唱和してきた。日米協同訓練後の酒席では最後に必ずアメリカ空軍や海兵隊の歌を熱唱したから自衛隊記念日の祝賀式典でも問題はないはずだ。
「それにしても陸海空を唄えるとはすごいですね」「何せ中学以来の海軍少年で元航空自衛官の2等陸佐ですから隊歌ならまかせて下さい。海上自衛隊の式典歌『海の防人』もいけますよ」これで話は決まった。近藤1佐が楽団の指揮者に声をかけると「楽譜がない」と渋ったため、私は「隊歌演習に伴奏は不要」と黙らせた。そして閉会になった。
「それでは閉会に当たり、日本国陸上自衛隊のモリヤ2等陸佐に陸海空自衛隊の隊歌を披露していただきます」司会者の紹介を受けて梢が熱唱した場所に立ち、スポット・ライトを浴びた。
「陸上自衛隊歌『栄光の旗の下に』、海上自衛隊歌『海を征く』、航空自衛隊歌『蒼空遠く』メドレー。隊歌用意」ここで脚を肩幅に開き、手を腰に据えるのが形だ。
「山がある 川がある 海がある 空がある 美しき緑なす国 その静けさを守り抜く 陸上自衛隊・・・おお選ばれた自衛隊 海を守る我ら・・・遥かなる蒼空遠く 描く真白き飛行曇 ああ紺蒼の空の如く・・・」英会話だったので口数が少なく声が嗄れていなくて助かった。 
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  1. 2020/04/09(木) 11:59:34|
  2. 夜の連続小説8
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