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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1881

祝賀会が終わって大使館を出ると玄関前には在外公館警備官か副官と思われる軍服姿の大尉たちが待っていて、出迎えの公用車は駐車場には入らず通用路の右側の歩道に乗り上げて路上駐車していた。どれも似たような黒塗りだが前部に取りつけてある国旗で識別できる。これが大使であれば玄関に横付けしないことを「無礼」と怒り出しそうだが、駐在武官は軍人なので混雑に巻き込まれるよりも臨機応変の処置を許したのだろう。
「かなり酔ってるみたいだけど何を飲んだんだ」タクシーで帰る私たちは各国の公用車とは反対側の歩道を歩いて大通りに向かった。そこで私は少し千鳥足になっている梢に訊いてみた。
「うん、始めはワインだったけど奥さんたちはカクテルを試していて、交代でこれが美味しいって勧めるから味見している間に酔っちゃったのさァ」11月の夜の冷気で意識が戻ったらしい梢は原因を具体的に説明した。確かにカクテルのカウンターでは女性たちが集まって渋いバーテンダーにカクテルを代わる代わる注文していた。
「それで何が一番美味かったんだい」「それがアメリカ式じゃあないから初めて試したカクテルばかりで、3つしか名前を憶えてないのさァ」3つしか覚えていないと言うことはそれ以上に飲み比べたらしい。それでは近藤1佐夫妻の前で「結婚できなくても死ぬ時は一緒」などと誤解を招くような失言を犯しても仕方ない。実際は誤解ではなく2人の真情・本心ではある。
「先ずブラック・ルシアンってコーヒーの味と香りがするカクテルね。確かベルギー発祥って言ってたさァ」これはリミッド次席検察官との弾まない会話で使えそうだ。
「それから甘い桃の味がするベリーニだわ」「その名前はイタリアだな」「正解、流石はイタリア人」梢は毎週のデートで必ずアルデン亭に寄る私のスパゲティー好きに呆れて口にした冗談を誉め言葉にした。それでも甘いカクテルでは血糖値が心配になる。
「あとは白いジンの味がするホワイト・レディかな」「白いってカルピスでも入っているのか。それともジンの牛乳割りだな」これらはどちらも2人で暮らしていた頃の泡盛の飲み方だった。梢もそれを思い出して懐かしそうに笑った。
「デュブラ大佐の奥さんの説明だとホワイトクラソーとレモン・ジュースをジンで割るんだって。でもイギリス人のバーテンダーがパリの店で考えたって言ってたよ」わざわざ「パリの店で」と説明するところがフランス人的で私が失笑してしまった。ここまで話したところで大通りに着き、タクシーはすぐにつかまった。
「大丈夫か。気分が悪くなったら遠慮なく吐けよ」家に帰ると私が2人分のパジャマと下着を準備して、その間に梢はドレスを脱いでクリーニングに出せるようにハンガーで吊った。
「うん、大丈夫。先に行ってるね」私が制服を脱いで礼装用の階級章を外して通常の肩章に戻していると梢は2人分のパジャマと下着とバスタオルを抱えて千鳥足でシャワー・ルームに向かって歩き出した。外では冷気で意識が戻っていたが、暖房が効いている室内に入って再びアルコホールが回ってきているようだ。とりあえず制服をハンガーに掛けて仕事着用のロッカーに納めた。
「大丈夫か」シャワー・ルームの外から声をかけ、ドアを開けると梢は床に横たわって眠っていた。その裸身にシャワーが注ぎ、湯が腹と背中に分かれて流れている。
「起きろ。風邪をひくぞ」私の呼びかけにも反応しない。それでも髪は洗い終わっているようで濡れて首筋に巻きついている。このままでは本当に風邪をひいてしまいそうだ。私はもう一度、脱衣場に戻ると脱いだ下着をはいた。そしてシャワーを止めるとバスタオルで梢の身体と髪を拭いた。私は髪の毛を伸ばした経験がないので未知の作業だが、佳織や梢が風呂上がりにしているように丁寧に髪を拭き、もう1枚持ってきたバスタオルを頭に巻いた。ここからはやはり胸が躍るお姫さま抱っこだ。私も酔っているので危険防止に両手で頬を叩いて意識を戻し、カンボジアと北キボールで習った施設基礎作業の重材料運搬の要領で梢を持ち上げた。
「パジャマはベッドで着せるからな」抱き上げられても意識を戻さない梢には不要な言い訳をしながら寝室まで運んできた。半分開けた口で呼吸しているから心配はない。
私はベッドに横たえた愛おしい裸身に見惚れる暇もなく下着とズボンをはかせ、上半身の向きをかえながらパジャマを着せた。その間、私はいわゆるパンツ一丁で、こちらが風邪をひきそうだ。何はともあれ足元に畳んであった布団を掛けてシャワー・ルームに戻った。
「梢は宴会で酒を飲まされて酔い潰れたまま強姦されたんだったな。ワシが家で待っていてやればこんな風に・・・」温めにしたシャワーを浴びていると私の頭もアルコホールが回ってきた。梢が旅行社の宴会で男性の同僚たちから大量に酒を飲まされたのは私との別離を口実にしていたのだから意味のない後悔だが、今日はわずかに泣き上戸になっている。
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  1. 2020/04/10(金) 13:15:38|
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