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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1882

私のコートジボワールへの出張は現実味を帯び、連日のようにモレソウダ首席検察官とリミッド次席検察官の3人で補足調査について打ち合わせている。その時、梢から聞いたコーヒー味のベルギーのカクテル「ブラック・ルシアン」の話題を持ち出したが、コーヒー好きのモレソウダ首席検察官が興味を示し、肝心のリミッド次席検察官は「全てのベルギー人が飲む訳ではない」とケンもホロロだった(ケンは雉の鳴き声、ホロロは飛び立つ羽音=相手にされない)。
数日後、事務局でフランス軍の輸送機への搭乗申請の手続きを済ませて帰宅すると台所で夕食の支度をしている梢が机の上に置いてある段ボール箱を指し示した。
「東京の陸上幕僚監部法務官室から荷物よ」「おう来たか。何とか間に合ったな」私は玄関脇の靴箱の前でスリッパに履き替えると机の荷物に直行した。蓋の荷札を確認すると差出人は法務官事務室で補給係もやっている1曹だ。
「結構、重かったけど中身は何なの」梢は調理の手を止めずに訊いてきた。先ほど後ろを通りながら見たところでは今夜のオカズは焼きウィンナーとポテト・サラダらしい。オランダはウィンナーとポテト大国のドイツからも食文化の影響を受けているためどちらも美味だが、中でも日本人にはハムとの識別に困るほど太いウィンナー・ソーセージは絶品だ。ただし、かぶりつくには太過ぎてナイフとフォークで食べなければない。
「陸上自衛隊のヘルメットと防弾チョッキを送ってもらったんだ。コートジボアールに行くのに必要だろう」私の説明に梢は包丁で野菜を刻んでいる手を止めた。これは停戦が発効したとは言えコートジボワールがいまだに危険であることを意味している。先日の祝賀会の時、酔って口を滑らせた「死ぬ時は一緒」と言う覚悟を胸の中で噛み締めたのかも知れない。
「隙間を詰めるのに新聞を入れてくれてるな。これで日本のニュースを確認できるぞ」箱の蓋を開け、中身を取り出すと中には迷彩覆いをかぶせたヘルメットと防弾チョッキと一緒に部内紙・朝風や職場で取っている新聞が大量に詰まっている。これも1曹ならではの気配りだ。
「ボディー・アーマー・ベスト(防弾チョッキ)の間に手紙が入ってるじゃあないか。これは規則違反だぞ」国内郵便では小荷物に書簡を同封することは禁止されており、それは国際郵便でも同様なはずだ。そんな違法行為を指摘しながら机から取り出したハサミで茶封筒の上辺を切るとパソコンで打ったA4版2枚の書簡が出てきた。
「法務官室は新室長に気合を入れられて見違えるような雰囲気になっています」前略なしにいきなり本論に入った。1曹は携帯メールの世代よりは年長だが、文通に励んだ我々の世代でもない。強いて言えばテレホン・カードが普及して長電話を楽しんだ世代だろうか。我々の青春時代には100円が使える公衆電話ができて硬貨を山積みにして故郷に残している彼女と話したものだが、今では携帯電話が普及して公衆電話が姿を消している。
「曹長はまともになったと安心して先任していますが、二村事務官は『同じ女性として』と言われて滅茶苦茶不機嫌になっています・・・かァ」私がいた頃にも機嫌が良いところは見たことがなかったが、あれ以上に不機嫌になるとどんな表情になるのだろうか。それでも今は梢の笑顔と暮らしているので想像したくもない。
「今回、お送りした防弾チョッキ2号は今年度予算で3号の調達が始まるため用途廃止になる予定の物品ですから返納は不要です。88式鉄帽(てっぱち)も員数外ですから安心して愛用して下さい」1曹の元の職種は特科のはずだが、陸上幕僚監部で被服の員数外を調達するとは補給係としてもかなり熟練しているようだ。私も沖縄時代に補給係を経験しており、自殺者や殉職者の遺品をもらうと供養のお経を上げてから使っていたが流石にこれは違うだろう。
「私も通訳として一緒に行きたいって言ったけど本当はフランスはあまり得意じゃあないのよ」私が制服の上衣を脱いで防弾チョッキを羽織っていると梢が近づいてきて話しかけた。その目には何とも言えない愁い(うれい)が漂っている。
「ヒヤリングはある程度できるから返事は間違えないけど、旅行の案内はパンフレットを見せながらだし、使う言葉も限定されているから通訳は無理なの」「おそらくコートジボワールでは野宿することにもなるだろう。ワシだってそんなところへお前を連れて行くつもりはないよ。ここで無事を祈っていてくれ」私の答えを聞いて梢は机の前の書棚に祀っている阿弥陀如来に手を合わせた。しかし、ここはその真剣な祈りに水を差さなければならない。
「阿弥陀如来にお願いすると西方浄土に往生させられるから、今回は隣りの地蔵さんか観音さんにしてくれ。頭が働くように文殊さんでも良いぞ」「はい、南無・・・大慈大悲救苦観自在菩薩、南無延命能化地蔵願応尊、南無文殊師利菩薩」梢は祈る相手のフルネームを唱えた。やはり毎朝夕の私のお勤めに耳を傾けているようだ。これで安心して戦地に赴ける。
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  1. 2020/04/11(土) 11:46:57|
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