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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1884

エヴルー・ワォヴィル基地からはフランス空軍のCNー235輸送機だった。CNー235はスペインとインドネシアが共同開発した双発ターボフロップ機で日本の傑作輸送機・川崎Cー1に比べると3分の2程度の大きさだ。ただし、巡航速度はターボ・ファン双発のCー1が650キロなのに対してプロペラだけに460キロとこちらも3分の2で、コートジボワールまでは途中で4回着陸して15時間程度の飛行になるらしい。
「・・・」駐機場から出発する前に機内アナウンスが流れたがフランス語のみで私には理解できない。席についた時にシートベルトの確認に来たロード・マスター=機上運行員もフランス語で独り言を呟いたけで英語の注意はなかった。この調子では緊急事態が起こっても私だけ取り残されそうだ。乗客はフランス軍の迷彩服を着た中佐から少尉までの士官たちで私とは距離を置いて座っているため談笑もできない。これから15時間の長旅は読書に励むしかないようだ。
考えてみればフランス語は国際連合における公用語なので「国際刑事裁判所の職員であれば理解するのが当然」と言うのがフランス軍の論理なのだろう。しかし、フランス駐在武官のディブラ大佐は「NATO軍内では英語が共通語化しているため士官には必須の素養」と言っていた。やはりアメリカ以上に根深い人種差別が根底にあるのかも知れない。
「・・・コートギボワール・・・フリュックス・ウフェ=ボワニ・・・」機内放送で理解できる国名と地名が流れた時、主翼からのエンジン音の合間に「ボシュッ」と言う低い発射音が数回続き、私のハンモック式の座席の向かい側の窓から赤い光が差し込んできた。
「フレアーを発射したのか。やはり危険地帯だな」話し相手がいなければ独り言は日本語で間に合う。私としては赤外線誘導の地対空ミサイルを反らすために発射する熱源のフレアーを間近から見てみたいと思ったが、搭乗員たちは緊張しているはずなので控えた。それにしても国際空港とは言え甚大な内戦で被害を受けたフィリュックス・ウフェ=ボワニ空港の夜間着陸の誘導装置は復旧しているのか。向かい側の窓から見える空は完全に暗くなっている。
「国際刑事裁判所の次席検事のモリヤ2佐ですか。コートジボワール駐留フランス軍司令部のオージェ大尉です」空港に同居しているフランス空軍の駐機場に下りた頃には日付が変わっていたが、破壊を免れた建物の1階で迷彩服に黒のベレー帽をかぶった若い女性士官が待っていた。どうやらフランス軍に依頼した英語の通訳のようだ。
「はい、モリヤ2佐です。それにしても若い娘が深夜に危険だろう。このターミナルの中で寝られるように手配しておいてくれれば出迎えは朝で良かったよ。これでもジャパン・グランド・ジエータイ(日本国陸上自衛隊)の普通科士官だからね」私の返事を聞いて女性士官は苦笑しながら1歩さがって迷彩服にヘルメットをかぶり演習用の大型リュックを背負った上、腰には護身用短剣提げた全身を見回した。確かにこの扮装は陸軍の軍人であってどこを取っても検察官には見えない。オージェ大尉としてはドッキリ・カメラに出演した気分だったはずだ。
すると一緒に到着したフランス軍の士官たちが出迎えの士官に先導されてターミナルを出ていった。その時の会話もフランス語だったので、悪意を持って使用を避けた訳ではなかったようだ。士官たちの背中を見送るとオージェ大尉は姿勢を正して説明を再開した。
「司令部には明日ご案内しますから今からホテルに向かいましょう。当地での調査には私が同行して通訳を務めます」「それは拙いよ。私としては車中泊や野宿を伴う地域まで立ち入るつもりだから若い女性の同行は困るな」私には拙い事態になる能力はないのだが、世間一般の感覚では若い女性と夜間を過ごすことが疑惑を招くのは間違いない。
「私はフランス軍士官として命令を放棄することはできません。仮にモリヤ2佐が拒否されれば駐留フランス軍司令部は交代は出さず、協力も中止することになります。国際刑事裁判所検事部の調査は終了しているはずですから」私の気配りはオージェ大尉の名誉のためでもあるはずが、断固として拒否された。ここまで使命感に燃えた態度を見せられると私の中では逆の疑惑を感じてしまう。流石にフランス軍が中国やロシアのようなハニー・トラップを仕掛けてくるとは思えないが、オージェ大尉は日本語も理解できて異例な再調査の内容を把握する任務を負っているのではないか。実際、カンボジアPKOで川の両岸から架ける橋の構造を中国人民解放軍工兵隊と調整した時、会話は英語と言う約束だったが、出席者の中に日本語が堪能な人間が入っていて陸上自衛隊側の相談を聞き取っていた。
「ドライバーが待っていますからお話は車内で伺います」話が途切れたところでオージェ大尉は先に歩き始めた。男性ドライバーと3人であればハニー・トラップの可能性は薄れるが、虚偽の証言者になる危険性は否定できない。それにしても私は随分と嫌な親父になったものだ。昔は騙すよりも騙されることを望むお人好しな青年だったつもりだが・・・。
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  1. 2020/04/13(月) 13:12:29|
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