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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1885

翌日、オージェ大尉はチャック・アウトの時間になって迎えに来た。私としてはお人好しな青年に戻ってこれも2日間の長旅で疲労した私への気配りと受け取ることにした。1983年までの首都で現在も最大の都市であるアビジャンの一流ホテルと言っても建物の損傷が比較的軽微だっただけで電気は点かず、水道は出ず、熟練した従業員は戻っていないので機能停止状態だった。それでも屋根と壁がある部屋で睡眠できたことで満足しなければならない。
「モリヤ2佐、食事はすませましたか」「バンだけだったから日本の携帯食を食べたよ」実は先日、茶山元3佐が「日本食が懐かしくなった時にどうぞ」とパックライスと焼き鳥や鯖の缶詰を漬け物と一緒に送ってくれたのだ。梢が持たせてくれたのが早速役に立った。
「昼食以降は我が軍で給食するように依頼を受けていますからどうぞ」やはり気配りではなかった。評判通りフランス人は自己中心な国民性のようだ
「するとフランス料理かね。それは楽しみだ」私の返事にオージェ大尉は顔をしかめて軽く首を振った。どうやら本人としては自軍の食事に満足していないらしい。カンボジアPKOの時、佳織が勤務していたUNTACの指揮所で参加各国の軍隊の携帯食の食べ比べが行われ、自衛隊の缶飯が圧倒的な支持を集め、「世界で最も美味なミリタリィー・レーション」の称号を獲得している。カンボジアPKOにはフランス軍も参加していたから自衛隊よりも落ちるのは間違いない。試食した佳織の話ではフランス軍の携帯食はレストランのコースのように凝った食品が少量に分けてあるため満腹感がなく不便だとのことだった。
「英語の戦闘詳報はないのかな」「我が国の言語は国連の公用語ですから問題ないでしょう」デュブラ大佐の友人と言う司令官に挨拶した後、駐留フランス軍が司令部に使っている建物の部屋でパソコンのデータになっている戦闘詳報を確認すると全文がフランス語だった。通訳として立ち合っているオージェ大尉に確認するとここでも平然と答えた。第2次世界大戦でフランスは開戦初頭にナチス・ドイツに降伏し、ビシー政権は消極的とは言え連合軍との戦闘に参加していた。ところがイギリスに逃亡したド・ゴール将軍は勝手に亡命政権を名乗り、大半の国民はナチス・ドイツに従属していたにも関わらず少数が行っていた抵抗運動をレジスタンスと誇大宣伝して気がつけば連合軍の一員に加わっていた。終戦後に設立された国際連合でフランスが安全保障理事会の常任理事国になり、フランス語が公用語になったのもド・ゴール将軍の政治力の成果であって、核兵器などの実力は終戦後に作ったものだ。その意味では使用している地域が極めて限定的なフランス語を公用語にしているのは連合国の失策に近い。
「それでは全文を読みながら英語で話してくれ。私はそれをノートに書き留める」インターネットが接続できていればフランス語から英語とは言わず日本語に翻訳することも可能だが、文章の量が膨大な上、秘匿性にも問題があるのでフランス軍の軍人に尻拭いさせることにした。それでもオージェ大尉が表情を変えないのはフランス語を公用語にしている国民としての責任感なのか、職務を遂行する軍人の使命感なのかは判らない。どちらにしても私も聞いた英語を頭の中で日本語の文章に同時通訳する離れ業をこなさなければならなくなった。
「これは告訴事由としては公判を維持できないぞ」半日かかって戦闘詳報の翻訳を終えると私は流石に疲労の色を見せているオージェ大尉に同情の眼差しを送りながら日本語で独り言を呟いた。ここでオージェ大尉が反応すればフランス軍は中国軍と同じ諜報手法を採用したことになるが、白く長い人差指で瞼を擦っただけだった。
「内戦の当事者は相互に暴徒化していて組織だった軍であると言う証拠はない。それにバグボ政権とワダラ政権はどちらも大統領選挙での勝利を宣言していたんだからフランスと国連が一方的にワタラ政権を承認したのは内政干渉だ。そうなるとPKO部隊を侵略軍として攻撃対象にすることも合法的戦闘行為と言えるはずだ」今回の裁判では2010年10月31日に行われた大統領選挙でバグボ政権とワタラ政権の両陣営が勝利を宣言し、選挙管理委員会と憲法評議会=国会がそれぞれの当選を認定したことでコートジボワール軍が分裂し、内戦が再発したとしている。そしてバグボ政権支持側がワタラ政権支持者を虐殺し、略奪や強姦などの非人道的行為を繰り広げ、やがてはPKO部隊まで攻撃を加えたのはバグボ大統領と政権中枢の指令によるものとするのが訴追事由だ。しかし、カミと言う絶対正義の存在を崇拝するキリスト教徒の法律家がこの戦闘詳報を読めば「悪はバグボ政権」と言う結論を証明する事実が列挙されているように理解し、「告訴するべき」との結論に至っても不思議はないが、「因果応報」の真理を信奉する佛教徒から見れば大半がこじつけだ。
「戦争犯罪として指弾すべき違法行為が多数あったことに間違いはないな」オージェ大尉が日本語の独り言を怪しんだような顔をしたので、最後は英語で説明した。
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  1. 2020/04/14(火) 13:45:13|
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