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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1888

私は1週間にわたり日本列島で言えば本州に北海道を足した面積を持つコートジボワール国内を巡回した。最後に内戦と治安の悪化したコートジボワールから西隣のリベリアに逃れた難民のキャンプを視察したが、帰路に車両が対人地雷を踏んでパンクした上、車軸が歪んだため野宿することになった。私とドライバーは前席を倒し、オージェ大尉は荷台で就寝する。肌には強力な虫除けのスプレーを吹きかけているとは言え窓は締めている。
「モリヤ2佐の今回のコートジボワール訪問の本当の理由は何ですか」エンジンを切ってエアコンも止めた車内でオージェ大尉は流石に疲れた口調で質問してきた。
「今まで私に同行してきて理解できただろう。私は元弁護士だから今回の始めから結論ありきの訴追では公判が維持できないと考えて実態を再確認しに来たんだ」「始めから結論ありきですか・・・」私の言葉が厳しくなりオージェ大尉は口ごもった。英語が理解できる今回のドライバーの軍曹も暗い月明かりの中、険しい目でこちらを見た。
「今回のコートジボワール危機は大統領選挙でバグボとワタラの双方が自分の勝利を宣言しているのにフランスや国連が勝手にワタラを正当と決めつけ、バグボの退陣を要求したことに全ての原因がある。大統領選挙はあくまでもコートジボワールの国内の問題であってフランスと国連が行ったことは不当な内政干渉だ。バグボが自分の政権の正当性を主張している以上、POK部隊の派遣は外国軍の侵攻に他ならず、監視だけでなく武力行使を始めれば反撃するのは正当な権利だ。勿論、君たち一般の将兵には政治の決定に従う義務があるから罪を問うつもりはない」私の説明にオージェ大尉の影が唇を噛んだのが判った。
「私はモリヤ2佐の言動に接していて我がフランスに敵意を抱いているのかと疑いました。そしてイスラムのモスクで祈りを捧げているのを見て反キリスト教の敵対者であると確信しました。ところが各都市の我が国が建てた聖堂や教会でも同じように真剣に祈りを捧げ、日本語の讃美歌も唄っているのを聞いて真意が理解できなくなったのです」「佛教ではオール ザ エレメンツ アー ウィズアウト ア セルフ(諸法無我)と言って事実を原因と結果で受け止め、人間が下す評価はそれぞれの立場で異なることを理解するんだよ。つまり多様な価値観の共存が平和な社会の基盤となると説いているんだな」説明していて私自身が坊主なのか検察官なのか自衛官なのか判らなくなってきた。
その時、オージェ大尉は小銃と懐中電灯を持って車両を下りていった。黙って行ったので用便なのは判っているが、あえて確認しない程度の気配りはできる。すると軍曹が急に陸上自衛隊に関する下士官的な質問を連発してきた。外国軍では自衛隊以上に将校士官と下士官兵の距離感が遠いのでオージェ大尉は言葉が通じるドライバーとは業務以外は一切話さず、むしろ気軽に談笑する私を不思議そうな顔で見ている。そのため会話の他に時間をつぶす方法がない車内で私が司会進行兼ボケとツッコミを演じているのだ。
「ヒーッ」唐突に闇夜の中から締めている窓越しにオージェ大尉の引き吊った悲鳴が響いてきた。軍曹は私を座らせるために助手席に置いていた小銃を後部の荷台に移したので座席の間から後部座席に入ろうとしているが、おそらく事態は緊急を要する。
「クラクションを鳴らせ」私は日本語で声を掛けるとオージェ大尉が歩いていった藪の中に掛け込んだ。すると懐中電灯の光にオージェ大尉の金髪と白い額が浮かび上がり、その向こうに野獣の目が光った。模様から言えばヒョウだ。私は懐中電灯を左手に持ち替えると右手で腰の短剣を抜き、そのまま腰を抜かしているオージェ大尉とヒョウの間に割って入った。
「グルル・・・」懐中電灯で顔を照らしてもヒョウはたじろぐ様子がない。むしろ獲物を前にした猛獣の迫力にこちらが息を呑んでしまう。私は息を半分吐いて止めると右手を前に半身になる短剣道の構えを取った。後は襲いかかってくる時、前足をよけて頸部を斬りつけるか、腋(わき)を刺す死中に活しかない。背後でオージェ大尉が動く音がしないところを見ると恐怖で固まってしまっているらしい。用便の途中なら漏らしても大丈夫だ。
「ブーッ、ブーッ、ブッブッブッ、ブーッ・・・」闇の中でけたたましくクラクションが鳴り始めた。残念ながら車両の向きが反れているのでヒョウが怯えるほどの騒音ではない。むしろ興奮したように威嚇すると姿勢を低くして私の隙をうかがった。ここは馬頭観音に祈って興奮を静めなければならないが「オン・アミリト・ドバンバ・ウンバッタ」の真言が出てこない。
「バッバッバッバ、バッバッバッ、バッバッバッ・・・」続いて銃声が響いた。3発連射を使ったようだ。これには流石のヒョウも後退り、そこで私が「エイッ」と気合を入れて1歩踏み出すと逃げるのではなく避けるように人間よりも背が高い草むらの中に消えていった。
「ダンケ・・・」背後でージェ大尉のかすれた声が聞こえたが、感謝するべき相手は軍曹だろう。
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  1. 2020/04/17(金) 12:03:36|
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