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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1889

「モリヤ2佐、オージェ大尉が危険なところを守ってくれたそうで上官として感謝するよ」「いいえ、こちらこそ強硬なスケジュールに同行させて危険な目に遭わせてしまったことを謝罪します」帰国する前の挨拶に行くと司令は唐突に礼を述べて手を差し出した。しかし、私は握り返しながら謝罪した。この日本的な責任観念は英語にしても通じないようで、司令は困惑した顔を隣りに立っているオージェ大尉に向けた。
「報告したようにモリヤ2佐は生理的理由で草むらに入った私がヒョウに遭遇すると身を盾にして守ってくれたんです。その時、モリヤ2佐の武器は短剣だけでしたが恐れている様子はなく、正にサムライでした」「そのサムライは罪の有無ではなく道義的責任で自分を裁くんです。私は貴女を野宿させたことを反省しています。貴女が望めばこの場で腹を切っても良い」そう言って短剣の柄を握ると司令とオージェ大尉は再び顔を見合わせた。
「トクガワ将軍の時代に日本に行った我が国の外交官や軍人たちは凶悪な殺人者のようなサムライが素直にハラキリで処刑されることが信じられないと言っていたが、21世紀にもサムライは生きているんだな」「私は大学時代にイナゾー・ニトベ(新渡戸稲造)のブシドー・ザ ソウル オブ ジャパン(武士道)を読みました」妙に話が弾んできたが、帰国する便は昼過ぎに離陸するので長居はできない。私はあらためて協力に感謝して退室した。
「今日でお別れね もう会えない 涙見せずに いたいけれど・・・」食堂にむかって廊下を歩きながらオージェ大尉が1週間の思い出話を始めたので私はいつもの癖でBGMを口ずさんだ。これは母親が熱心に見ていた歌謡番組で憶えた菅原洋一の「今日でお別れ」だが、単に唄い出しを今の状況に重ねただけだ。
「・・・突然さよなら 言えるなんて」「その歌は古いシャンソンのようですね。祖母が聴いていたかも知れません」私が憶えていた1番を唄い終えると興味深そうな顔で聞いていたオージェ大尉は意外な感想を口にした。確かにこの気取った曲調はヨーロッパ風ではあるが、それがシャンソンに分類されるとは知らなかった(作曲の宇井あきらは日本のシャンソン歌手)。
「貴方の過去など 知りたくないの すんでしまったことは 仕方ないじゃあないの・・・」1曲目が受けたので2曲目も菅原洋一のヒット・メドレーになる。これでは島田信長元准尉のローカルFM番組「昭和歌のアルバム」のようだ。
「・・・貴方の愛が まことなら ただそれだけで 幸せよ・・・」「これは祖母が聴いていました。イギリスの歌手の『アイ リアリィ ドント ウォント トゥ ノー』じゃあないですか」どうやら今度は外国の歌でもシャンソンではないらしい。この歌はエルヴィス・プレスリーに代表される多くの歌手がレコードを出しているが、私は菅原洋一しか知らない。
フュリックス・ウフェ=ボワニ国際空港内のフランス軍のターミナルでは同じ便で帰国する外人部隊の兵士たちに会った。東西冷戦が終結してヨーロッパで軍縮の気運が高まると失業した軍人たちが外人部隊に志願してきたため東ヨーロッパ人と思われる若者が多い。兵士たちはフランス陸軍士官のオージェ大尉に敬礼したが、アジア人の下士官だけが私に敬礼してきた。
「ふーん、自衛隊の階級章が判るんだな」私の独り言が聞こえたのか下士官は自分の行為を後悔したような顔をして背中を向けた。事実、自衛隊では生真面目な模範的隊員が失踪し、懸命な捜索でも発見できず、後になって旅客機でフランスに向かったと言う事実が判明することがある。それでもカンボジアPKOで実弾を購入しに行った外人部隊の中尉や在オランダ駐在武官のデュブラ大佐から「志願者は国籍を捨てている」と聞いているのであえて声はかけなかった。
「男は誰も皆 無口な兵士 笑って死ねる人生 それさえあれば好い・・・」私は異郷の地で会った同胞への激励に替えて自衛官としての主題歌である町田義人の「戦士の休息」を口ずさんでみた。これは昭和53年公開の映画「野性の証明」の主題歌なので下士官は生まれていないはずだが歌詞を聞かせたかったのだ。
「・・・頬に落ちた熱い涙 知られたくはないから この世を去る時きっと その名前呼ぶだろう」本当はアリスの「砂塵の彼方」も浮かんだのだが、「外人部隊の若い兵士は いつも夕日に呼びかけていた 故郷に残してきた人に 自分のことは忘れてくれと・・・」と言う歌詞に切実さがなく、むしろ馬鹿にしているように感じたので武人としての愛唱歌を選んだ。
「アンサンブル(集合)」その時、手にバイダーを持ったフランス空軍の下士官が1階に集まっている十数名の軍人たちにフランス語で声をかけた。言っていることは判らないがやることは航空自衛隊と大差はないはずだ。先ず搭乗者を名簿と照会するのだろう。私は短期間とは言え苦労を共にしたオージェ大尉に敬礼しようと姿勢を正した。すると大きく1歩踏み出して頬に唇を押し当ててきた。これぞ本場のフレンチ・キスだった。
オージェ大尉(フランス陸軍)・イメージ画像
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  1. 2020/04/18(土) 11:40:57|
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