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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1899

「折角、陸海空の隊歌の楽譜とCDを送るなら行進曲も揃えたいな」年賀状を書き終えると島田信長元准尉は思いがけないオランダからの要望に応えて持ち前の最高志向を発揮し始めた。
「航空自衛隊も1994年からは自前の行進曲ができたんだったよな」島田元准尉は帝国陸軍在郷軍人会に当たる隊友会の岐阜県支部の役員なので航空自衛隊岐阜基地の航空祭や陸上自衛隊守山駐屯地の開庁記念式典だけでなく富士の火力展示演習や朝霞の中央観閲式、自衛隊音楽祭りにも父兄会や協力者を連れて行くことがある。1994年まで航空自衛隊はアメリカ海兵隊の「ブラビューダ」を別の曲のように改作した行進曲を使っていたが現在は「空の精鋭」に替えている。島田元准尉は作曲者が航空中央音楽隊所属の矢部政男准尉なのを知って以来、「准尉のテーマ」として愛聴するようになっていた。
「となると信繁には北空音楽隊に頼ませないといけないな。アイツも曹長なら音楽隊にも1人ぐらい知り合いがいるだろう」島田元准尉は勝手に話を広げておいて三沢基地で勤務している息子の島田曹長に先日、電話で命じた仕事を追加することを決めた。やはり武人の妻の鑑である順子と築いた島田家の父親の権威は絶対的なのだ。
「抜刀隊のCDはあるが楽譜はどうかな。軍艦マーチもCDはある。楽譜を探すのはこっちの方が簡単そうだ」思い立つと即行動の島田元准尉は2階の秘密基地で陸海空の隊歌「栄光の旗の下で」「海を征く」「蒼空遠く」と陸海空の行進曲「扶桑曲+抜刀隊」「軍艦」「空の精鋭」のCD、レコード、ミュージック・テープ、さらに歌詞カードと楽譜を探し始めた。案の定、陸上自衛隊の2曲はすぐに見つかったがCDはなくミュージック・テープだ。地方連絡本部で勤務していた頃はまだカセット・テープだったようだ。
「軍艦マーチは陸海空音楽隊のマーチ名曲集しかないな。『海を征く』もレコードはあるぞ。唄ってるのは藤山一郎じゃあないか」これは防衛庁・自衛隊が創立10周年を記念して制作し、関係者と協力者に配った隊歌のレコードだった。航空自衛隊の「蒼空遠く」はハワイアン歌手の三島敏夫だ。これで信繁曹長への命令、尾崎元曹長への依頼も一部削除される。
「流石に楽譜はないな。陸のは10音(第10師団音楽隊)に頼むしかないか。空は信繁に任せれば良い。問題は海だが尾崎さんなら横須賀の音楽隊に知り合いがいるだろう。年賀状じゃあ忘れられそうだから電話しておくか」書棚から引っ張り出したバインダーの中には歌詞カードはあっても楽譜はなかった。やはり音楽演奏の趣味がない島田元准尉は楽譜までは収集しなかったようだ。第10師団音楽隊には募集した新隊員が1曹になって勤務している。音楽隊要員の採用には学科試験と身体検査の他に技能確認もあるが、在学中には日教組系の教師が採用試験以外の接触を嫌うため本人の音楽経験の自己申告と中学・高校のブラスバンド部の実績で事前審査し、入隊した後に音楽隊員が教育隊に赴いて実技を確認する。それで合格すれば好いが、多くの場合は音楽隊を目的に入隊しているので落第した時には退職を申し出ることも少なくない。そこを普通科連隊の音楽隊の存在と活動を説明してつなぎ止めるのは地方連絡部広報官の仕事だった。幸いなことにこの1曹は無事に地元の第10師団音楽隊に配属されているが本人としては中央音楽隊を希望していたので今も激励はしている。
「モリヤ2佐のおかげで来年は隊歌で始まりそうだな」秘密基地のドアを締めると歌詞カードを綴ってあるバイダーを抱えて階段を下りた。これから横須賀在住の尾崎元海曹長に電話するつもりだ。普通、余計な仕事を頼まれれば迷惑がるものだが、島田元准尉に限らず自衛隊OBにとって任務を与えられることは存在を必要とされている証左であり、身体の中で遣り甲斐の炎が燃え上がってしまうのだ。
「もしもし、福田曹長ですか。岐阜の島田です」「これは島田准尉殿、ご無沙汰しているであります」海上自衛隊の尾崎曹長は陸上自衛官が大半を占めている愛知地方連絡部では帝国陸軍の軍隊用語を嘲笑するように使っていた。帝国陸軍では明治政府が進めていた江戸の山手詞を基礎とする標準語とは別に山口弁を採用していた。1人称の「自分」や文末を「であります」と締めくくるのがそれだ。その点、帝国海軍の1人称は「私(わたくし)」であり、文末は「です」「ます」だった。別に陸上自衛隊は帝国陸軍の軍隊用語を踏襲していないが、やはり日常会話の中で耳に障っていたのだろう。
「実はお願いがありまして」「はい、島田准尉殿のご命令とあらば専心職務を遂行するであります」「年明けで結構ですが、海上自衛隊歌『海を征く』の楽譜と歌詞カードを送って欲しいんです」「ほう、『海を征く』ですか。それは懐かしい」同業他隊を知っている自衛官の間では「海上自衛官は陸に上がると働かない」と言われているが、根っからの艦乗りの尾崎曹長にもそんなところがあった。それでもこの依頼には興味を覚えたようだ。
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  1. 2020/04/28(火) 12:40:18|
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