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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1902

今年も佳織は年末年始休暇でハワイに帰省した。本人としては東京に寄る理由がなくなって気兼ねなく旅立ったようだ。一方、志織は冬休み中の予備士官訓練課程=ROTCの軍事学、軍事科学の集中講座のレポート作成のため大学の図書館から帰らず、佳織を出迎えなかった。
「佳織、モリヤ2佐がオランダで淳之介の妻の母親と暮らしていると言うのは本当なのか」夕食を終えてリビングのソファーでの会話が始まるとノザキ中佐が真顔になって訊いてきた。
「私はオランダへは同行できないから代わりに家政婦として同居しているみたいね」「秘書兼通訳だって聞いてるわよ」今度はスザンナが口を挟んだ。どうやらノザキ家では佳織も知らないオランダの生活情報を把握しているらしい。
「しかし、モリヤ2佐とあの女性は昔の恋人同士だって言うじゃあないか。それがよりを戻すことになればお前はどうするんだ」「もう愛情は冷めてしまったの」今は義母とは言え父のノザキ中佐が母の典子と離婚した後に再婚したスザンナからこの質問は佳織としては複雑な気持ちになるはずだ。それでも感情を交えずに答えた。
「あの人は弁護士だから自分が不利になるような過ちは犯さないわ。仕事上の関係を超えることはないでしょう」本当は「犯せない」のだが両親には伏せた。しかし、実際は突然の1回だけの能力回復でモリヤ=私と梢は肉体関係=不貞行為を実施していた。例えそれが民法上は離婚事由となり得る夫婦間の信頼関係を裏切る背信行為であってもモリヤにとってはおそらく人生最後になる肉体関係であり、梢には本人の意思に関係なく肉体を奪われた記憶を打ち消す再生の儀式だった。佳織にはあえて知らせないつもりだが、殊更に隠す必要性も認めていない。
「今のお前の考え方を聞いて典子が私の元から去ってしまった理由が判ったよ。典子もお前も夫婦関係を利用価値で維持するものだと考えているようだな。だから典子はベトナムと沖縄の輸送量の増大で帰れなくなった私に留守宅と義母を押しつけられていると感じて不満を鬱積させた。お前も自分の職務に影響がなければ代わりにモリヤ2佐の生活を支える女性が現れても何も感じない。それでは夫婦じゃあないぞ」ノザキ中佐は厳しい顔で所見を述べると立ち上がってサイドボードからボーボンのボトルとグラスを持ってきてなみなみと注いだ。いつもは相伴するスザンナは半分まで一気に飲んだ夫の顔を黙って見詰めていた。
「ただいまァ。また判らないことがある。ダディに訊かなくちゃ」その時、玄関を開ける音に続いて廊下を掛け込んで来る足音を響かせながら志織が入ってきた。
「ダディは家で仕事のはずね。オランダに電話するよ」志織はリビングで笑顔を向けた佳織には反応せず、クローゼットの上の固定電話の横に置いてある時計を見て受話器を取った。
「軍事学なら私だって判るわよ。私の方がアメリカ陸軍のCGSを出ているから適切な回答が出せるはずよ」佳織が少し叱責を込めた声をかけると志織は背を向けてプッシュ・ボタンを操作した。佳織は完全に立腹しながらスザンナに「志織がどのくらいの頻度でオランダに電話しているのか」を訊ねると「月に2回くらい」と答えた。これは佳織によりも間隔が短い。
「あッ、お義母さんですか。おはようございます。オランダは寒くなったでしょう。ハワイは沖縄と一緒で暖かです。ダディはいますか」志織は佳織が耳をそばだてているのには構わず親しげに梢と日本語で話し始めた。現在、ハワイは午後9時だからオランダは午前8時だ。志織は佳織も知らないモリヤの日課時限を踏まえて電話をしているようだ。
「ダディ、こっちは夜だよ。こんばんは」背中を向けたままだが志織の表情が緩んだのが判るような声になった。すると隣りからスザンナが固定電話の横に置いてある時計はオランダ時間に合わせてあると不思議な会話の種明かしをしてくれた。
「うん、海軍士官として離島への上陸作戦と防御戦闘を討論するんだ。うん、マミィは帰ってるけど陸軍のCGSで習ったことで頭が固まっていて教科書通りのことしか判らないんだよ。その点、ダディは日本海軍の陸戦隊の研究家だからみんなの意表をつく答えを教えてくれそうだもん」これでは佳織はアメリカ海軍が上陸前に実施する徹底的な艦砲射撃で完膚なきまで叩かれている守備隊のような気分になってしまう。
「だってダディは梢さんと自分が戦死した場所を見つけたって淳ちゃんから聞いたよ。日本の海軍陸戦隊はアメリカ軍を散々に苦しめたんだから凄い作戦があったんでしょう」志織とモリヤの会話を聞きながらノザキ中佐はスザンナを手招きして隣りに坐らせた。
「モリヤと梢は結婚なんて手続きとは関係なく運命の糸で結ばれているんだ。今のお前には書類上の妻と言う立場があれば十分だろう。それで納得することだ」「佳織はモリヤ2佐がアフリカのコートジボワールに行ったことを知ってるの」義母の質問で佳織は父の言葉の意味を思い知らされた。今回、モリヤは初めて愛する妻=梢に見送られて危険な任務に出征できたのだ。
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  1. 2020/05/01(金) 12:52:18|
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