FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1903

「流石はダディ、日本の海軍陸戦隊だけじゃあなくてアメリカ海兵隊の上陸演習も見学したことがあるんだって」国際電話としては長時間の会話をした志織は妙に晴れ晴れとした顔でソファーに来た。それまで険しい目で佳織と話していたノザキ中佐は孫の顔を見て表情を緩めた。
「モリヤ2佐に変わりはないか」「うん、梢さんもダディも何時もよりも幸せそうな声で、聞いていて私も嬉しくなっちゃった。ダディは家族を守ることを任務だと思っているところがあるから梢さんみたいに自分から愛してくれる人じゃあないと生活に安らぎがないのよ」立ったまま話している志織を佳織は席から見上げた。先ほどから中佐の父に1佐の自分が説教されていることに不快感ではない違和感を抱いていたが、これでは位置関係が上下逆転している。
「何を偉そうに。18歳の大学生に夫婦の何が判るのよ」やはり佳織は志織の見解を真っ向から否定した。父に指摘されたことに追い討ちをかけるような志織の言葉が我慢ならなかったのだ。しかし、志織はむしろ同情した目で母の顔を見詰めただけだった。
「年末になってもモリヤ2佐の仕事は忙しいの」母娘の冷めた対話をなだめるようにスザンナが声をかけた。この質問は先ほどの確認に佳織が答えなかったことへの補足説明でもある。
「コートジボワールで調査してきた内戦の実態を首席検察官に報告したけど常任理事国のフランスからの圧力で告訴が決定したのだから取り下げることはできないんだって。だから東京裁判の検察側になったみたいな気分で告訴状を作成してるってぼやいていたわ。それでも自宅での仕事が許されているから梢さんと一緒にいられて幸せなんでしょう」佳織は志織まで梢を「父親の妻」と見ていることを知り、言葉を失った。
「それでもクリスマスには2人でカソリック教会に讃美歌を聴きに行ったんだって。その癖、今年の除夜の鐘は聖堂の新年の鐘になるから煩悩が年を越してしまうって困っていたよ。相変らずね」志織は暗く沈んだ母の顔を見下ろしながら場を和ませるような話をつけ加えた。
「お前も飲むか」ここでノザキ中佐はボトルを持ち上げると蓋をしたまま注ぐ仕草を見せた。ハワイ州では18歳で高校を卒業した時点からアルコホールは解禁なので最近は志織も祖父から飲酒の教育と訓練を受けている。
「ボーボンかァ。泡盛の方が好いな。淳ちゃんが送ってくれた泡波でつき合うよ」祖父の勧めを断って志織は学用品が入った布のカバンを持って自分の部屋に戻っていった。するとスザンナが「淳之介に入学祝の希望を訊かれて祝杯用の泡盛を頼んだ」と説明した。
間もなく志織は泡盛の一升瓶を抱えてきた。そのまま台所でグラスを3つ取るとスザンナが座っていた席に腰を下ろした。そこはサイドテーブルを挟んで佳織とは対角の位置になる。
「ボーボンって焦げ臭いんだよね」「それはチャーと言って樽の内側を焦がしているんだ。焦がすことで木材への浸透を制御して適度の熟成を可能にする」ノザキ中佐は特にボーボン党ではないが、黙り込んでいる佳織とは別の空気で団欒を作り出すため聞きかじりのウンチクを語り始めた。その間にスザンナは自分のグラスにボーボンを注ぎ、志織も泡盛の用意をした。
「泡盛は土の甕(かめ)で熟成させるんだよ。淳ちゃんの家に行った時、『宮の鶴』の工場に連れて行ってもらったけど大きな甕が並んでいてアリババの絵本を思い出しちゃった」「アリババに大きな甕が出てきたっけな」「盗賊が油商人に化けて手下を中に潜ませたんじゃあなかった」「正解」この話題であれば兵庫県で育った佳織はインターナショナル・スクールの社会見学で灘の酒蔵を見学した思い出や日本酒の樽は白木材であることなどで参加できるはずだがそれはしなかった。ただし、アリババの絵本を読んで聞かせたのはモリヤだった。
「私が単身赴任を始めたのは東京のCGSに入校した時からで・・・」その時、佳織は3人の会話を遠くで聞きながら自分自身が妻としての資質を失った時期と経緯を思い返していた。
「あの人は久居で中隊長をしていた。私は志織を連れてアメリカへ行った・・・」こうして1つ1つの出来事を辿りながら、その時々の想いを振り返っていくと次第に分水峰が鮮明になってくる。佳織がアメリカ陸軍の指揮幕僚大学院に留学中にモリヤは北キボールPKOに参加した。現地人の暴徒を殺害したことで刑事被告人になった時にアメリカでは9.11テロに続く対イスラム戦争=第3次世界大戦が始まった。佳織はその渦中に身を置き、懸命に任務を遂行していたが、その分、モリヤの裁判や新たな弁護士・法務幹部としての職務に対する関心がどこか薄らいでいたのは間違いない。そんな折に再会を果たした梢から昔と変わらぬ愛情を感じ取ればモリヤが「やり直したい」と言う自覚のない願望を抱くのは当然なことだ。
「お父さんはお母さんとやり直したいとは思わなかったの」祖父母と孫が盛り上がっているところに佳織が唐突過ぎる質問をした。するとノザキ中佐はこの質問を予測していたように穏やかな目をしてグラスの底に残っていたボーボンを飲み干した。
スポンサーサイト



  1. 2020/05/02(土) 13:10:14|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<5月2日・アメリカ反共産主義の教祖?マッカーシーの命日 | ホーム | 第89回月刊「宗教」講座・短いお経シリーズの第5弾「阿弥陀如来根本陀羅尼」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6113-223e8bb8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)