FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1905

「志織さんは何だって」その頃、オランダでは電話を終えて机に戻った私にコーヒーを運んできた梢が雑談に誘ってきた。私も梢が志織と談笑していた内容に興味があったので仕事を中断して応じることにした。私が自宅で仕事をしているのは告訴状を日本文で作成して梢に英訳してもらうつもりなのだ。ならばこれは打ち合わせにもなるはずだ。
「大学の予備士官訓練課程の離島の上陸作戦と防御戦闘の課題レポートの相談だったよ。志織は海軍志望だから海兵隊要員と一緒に教育を受けてるみたいだ」具体的に説明すれば陸軍と陸軍航空軍団が独立した空軍はキャデット、海軍と組織的にはその一部でもある海兵隊はミジップマンと呼び分けているのだが、そこまで深入りする必要はない。ところが梢は盆に載せてきた私のマグカップを机に置くとうなずきながら自分のマグカップを口に運んだ。やはり軍事ネタをデートの話題にする馬鹿な自衛官=私とつき合っていた後遺症でこの程度の予備知識は保持しているらしい。本当に他には絶対に見つからない彼女だった。
「志織さんから『今日は何時もよりも幸せそうだね』ってからかわれちゃったんだよ」私がコーヒーを飲んだのを確認して梢が雑談を再開した。梢は「からかわれた」と言ったが私も最近の表情や仕草が始めて身体も結ばれた頃のような自信を取り戻したように感じている。あの夜の交合い(まぐあい)は私の男根が起っていたのが数分間だったこともあり、快感を与える暇もないほど呆気なかったが、全裸になっていた梢は私の上に重なり、体温で余韻を確かめていた。一方、私は縮んで抜けてしまった自分自身を叱咤激励していたが徒労に終わった。
「貴方は志織さんに今回の仕事は東京裁判の判事になった気分だって説明していたけど、昔、言ってたみたいに勝者が敗者を貶める冤罪だと思ってるの」どうやら梢とのデートでは東京裁判史観への批判も聞かせていたらしい。よくぞ愛想を尽かさなかったものだ。
「今はもう少し勉強してるから表面上の批判を掘り起こして下の土の層まで見ているよ。コートジボワールでは非正規の内戦になったのだからバグボ政権側だけが一方的に戦争犯罪を行ったはずはない。相互に暴動を利用して相手を攻撃したんだったらワタラ現政権側の戦争犯罪も告発しなければ東京裁判のような勧善懲悪の法廷劇場の再演になってしまうと言うことだ」現在、取り組んでいる告訴状の作成でも文民殺害や捕虜虐待などの戦争犯罪が発生したことに疑いの余地はないが、それがバグボ前大統領の命令、指示によるものとする具体的な証拠は何もない。強いて言えば加害者として拘束されている暴徒たちの証言だが、バグボ政権の指揮下に在ったことを示す公的な組織系統も確認できておらず、私が弁護士なら軍事常識を用いて論陣を崩壊させることは容易であり、検察官としては始めから試合放棄したいところだ。
「最近、ワシを刑事告発した東京地検の検察官の立場がよく判るんだよな。彼も徳島水子に弱味を握られて刑事告訴する羽目になったが、始めから勝てる見込みがないから刑法199条の殺人に加えて93条の私戦の予備陰謀、94条の中立命令違背なんて裏技を持ち出してきた。ワシとしては政治権力者としての道義的責任を全面に出して闘うしかないが、国際法廷ではあまり通用しないだろうな」「確かにかなり深く深く掘ってるね。何かが出てきそうなくらい深い穴だよ」梢の反応は昔のままだ。それでも私の言いたいことの本質を見抜き、同じくらい深く考えた上で気を楽にさせるためにワザと茶化しているところも変わらない。
「志織さんも凄く探究心が強くて、そんなところは貴方にそっくりね」「ワシの場合は矢作南小学校の卒業記念樹が水を吸っているようなものだがな」折角、誉めてくれたので謙遜にでも「悪癖」とは言わなかった。私の小学校の卒業記念樹は鉛筆柏槇(エンピツビャクシン)と言う北米原産のヒノキ科の針葉樹で、その名の通り鉛筆の材料になることから「今の学習意欲を持ち続ける」との誓いと願いを込めて選んだと聞いている。矢作南小学校で植えつけられた探究心が相変らず知識を吸い続けているのだからこの喩えも悪くはない。
「そう言えば除夜の鐘の話をしていなかったか」「うん、クリスマスの讃美歌を聴きに行った時、貴方が言っていたボヤキを教えてあげたら『相変らずだね』って呆れていたよ」古都・スフラーフェン・ハーグは第2次世界大戦の前半と後半に受けた空襲も軍事施設に限定されたため古い聖堂や教会が残っており、厳粛なクリスマスの儀式が行われている。異教徒の私も音楽として讃美歌を鑑賞しようと梢と一緒にカソリックの聖堂に出かけたが、確かに感激した。
「我が家の除夜の鐘はこの鐘子(けいす)を打って煩悩を払うから良いよ。新年の鐘はベランダで聞こう」「あの荘厳な讃美歌と鐘の響きをあかりにも聴かせてやりたいな」これは聖堂からの帰り道で暗夜に響いた鐘の音を聴きながら梢が呟いた言葉だ。あかりは5感の中でも最も情報量が大きい視覚を失っているため聴覚、嗅覚、味覚、触覚は超人的に鋭い。冬の寒気の中に響き渡る鐘の音に何を感じてくれるのか義父としても興味が湧く。来年の楽しみにしよう。
と・純名里沙イメージ画像
スポンサーサイト



  1. 2020/05/04(月) 13:24:33|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1906 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1904>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6117-6c3fdd9d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)