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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1908

「職場へ行ってくるよ」「私は9時からオランダ語教室へ行くわ」朝食を終え、ニュース番組も一段落したところで私は洗濯を始めた梢に声をかけて自転車を押しながら家を出た。今日は日本人も事件の当事者になっていると知り、いつものお出かけのキスは互いに控えた。
「1月になると流石に冷えるな」エレベーターで1階に下りて自転車をこぎ出すと海からの風がベレー帽と立てた襟の間に素肌を露出している後頭部を撫でていく。毛糸のスキー帽が欲しいところだがOD色か黒の無地でなければ迷彩服に合わず、次の買い物で探すことにしている。
「今回は日本も当事者になったね」職場に着くと廊下で会ったリミッド検察官が声をかけてきた。表情と口調は相変らず皮肉っぽいが国際紛争を直視してきた国際刑事裁判所の検察官と言う立場とヨーロッパのインテリ紳士の常識として心配と同情から発した言葉と理解した。
「オランダのニュースでは日本人に関する情報が乏しいから、出勤すれば何か判ることがあるかも知れないと思ったんだよ」やはりオランダのニュースでは「日本人の従業員は10名前後が人質になっている模様」と言う推測と「プラントから空港に向かっていたバスが襲われて日本人3名が殺害されたらしい」との不確定情報だけだった。
「つまり戦闘服を着ていても現地に向かう訳ではないんだね」言葉が重なると皮肉の色合いが濃くなってくる。私は相変らず動き易く汚れが目立たない迷彩服を通勤と外出に愛用しており、冬場には外衣と半長靴が防寒に重宝するので今日もご指摘の通りだ。
「本当は本業で現地に向かいたいんだが、今からフランス軍に依頼しても間に合わないだろう」「コートジボワールからなら陸路で何とかなったかもな」最後の「置き台詞」はやはり現地での再調査を強行した私への皮肉だったようだ。しかし、私としてはコートジボワールで知り合ったフランス軍の将兵たちが派遣される可能性を考えてしまった。立ち話が長くなったためリミッド検察官は軽く手を上げると自分の執務室に向かって歩いていった。
結局、職場でも見られるニュースに大差はなく、裁判所本部の捜査部門や管轄・補完・協力統制部門に顔を出しても新しい情報を入手している様子はないので日本大使館防衛駐在官の近藤1佐のところに寄って帰ることにした。
事前連絡なしでの来訪だったが在外公館警備官は防衛駐在官室に案内してくれた。すると近藤1佐は同じ英語のニュースを見ていて、私にもテレビが見えるソファーの席を勧めると音声が聞こえる程度の声で質疑応答を始めた。
「オランダは人質になっていませんが、軍の派遣はどうするんでしょう」「どうやら今回は参加しないらしい」近藤1佐はニュースを見て即座にオランダ国防省と陸軍の人脈と電話連絡を取り、この決定を確認したため大使館に留まっていると補足した。
「オランダ軍もセルヴァル作戦には協力していますよね」「マリの作戦からフランス軍が戦力を振り向ければそれを補完する可能性はあるね」先ほど職場で見たニュースでは「関係国が軍の派遣を表明した」と紹介していたが、NATO軍の動きはそれだけではないようだ。
「日本政府も警察庁警備局の国際テロリズム緊急展開班の派遣を決定したよ」「へーッ、やっぱり加倍政権が復活すると違いますね」東京の陸上幕僚監部から民政党政権が国家としての機能を根底まで破壊するのを目の当たりにしてきた私は復活して1ヶ月にならない加倍政権が即断即決できるとは思っていなかった。その推理が外れたことに複雑な安堵感を抱いた。ただし、警察庁の国際テロリズム緊急展開班は情報収集と鑑識、捜査などが専門で、実力行使で制圧する特殊部隊・SAT(私は自衛隊体育学校で会ったことがある)とは別組織だ。
「ここだけの話、政府としてはソマリア沖の海賊対処でジブチに駐屯している陸上自衛隊を派遣することも検討しているらしい」「ジブチの宿営地の警備を担当している我が社の社員は全国の部隊から選抜したレンジャーが揃っていますから外国軍の制圧部隊とも遜色はないでしょう。問題は法的根拠ですが」私の判り切った指摘に近藤1佐も渋い顔をした。
「ジブチへの海陸合同勤務部隊の展開は海上における警備行動が根拠だから武器使用は警察官職務執行法第7条と海上保安庁法第20条に限定される。政府の命令でアルジェリアの制圧部隊に参加しても、一緒に戦闘を実施すれば武装ゲリラを殺傷したことが犯罪になるのは・・・」「私が前科者です。エライ目に遭いました」私の返事は漫才のボケのつもりだったが突っ込み役の近藤1佐は深刻な顔でうなずいた。
「おそらく外務省は西側の一員として足並みを揃えようとするはずですが、内局の官僚は毎度の如く自衛官が犠牲になることを名目に反対するんでしょう」「うん、大使館の連中も同じ見解だよ」加倍政権の国際基準の即断即決を阻害しているのは有事即応を任務とする防衛省でも矢面に立つことなく安全地帯で机に向かっている内局らしい。
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  1. 2020/05/07(木) 13:39:53|
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