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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1909

国際連合には日本のような会計年度がないので年末年始で業務に区切りをつける。そのためアルジェリアの人質事件で遅れたが1月18日に私の担当になっているローラン・クドゥー・バグボ前大統領を被告人とするコートジボワール内戦の告訴状をモレソウダ首席検察官に提出した。本来であれば1月4日の業務開始が期限だったのだが、私がコートジボワールに赴いて再調査した1週間とそれをまとめる1週間の延長を受けていた。
「これではバグボ被告の犯罪性を立証できていないんじゃあないですか」モレソウダ首席検察官の執務室で一緒に手渡した複写を読んでいるリミッド次席検察官は不満そうな顔で感想を述べた。確かに私はリミッド検察官がコートジボワールでフランス軍やアフリカ連合軍から聴き集めたバグボ派暴徒による残虐な住民殺害と違法な捕虜の取り扱いなどを戦争犯罪として告発しているが、それをバグボ政権関係者の命令としてはいない。
「バグボ前大統領による強要があったと証言しているのは敵対した側だけで、刑事裁判の常識としては当事者の証言は証拠採用されないのではないですか。どうしてもバグボ前大統領の戦争犯罪を告発したいのなら暴徒がバグボ政権の指揮下にあったことを証明する公文書や組織図が必要でしょう。それは確認できていないはずです」私の反論にリミッド検察官は口を真一文字に結んで告発状に視線を戻した。
「だから戦争犯罪の違法性を強調してバグボ被告の政権担当者としての主謀責任を問う論理構成なんですね」次はモレソウダ首席検察官が見解を披歴した。しかし、その表情には失望と不満の色が明らかになっている。モレソウダ首席検察官の立場ではコートジボワールの旧宗主国であるフランスが常任理事国としての強権で刑事告訴を要求してきている以上、勝訴に向けて最善を尽くさざるを得ない。日本の法曹界では違法性や犯意が明確でなくても被告人の職責や社会への影響を反映して解釈による道義的責任を問う判例が見られ、最近はマスコミ報道によって扇動される世論に抗し切れず司法関係者としては納得できない判決を下すことも珍しくない。しかし、それは日本の特異性であって欧米では法規に基づいて処罰するのが鉄則だ、
「実際はワタラ現政権側も暴徒を扇動して旧政権側市民を殺傷しているのは間違いありません。あまりバグボ前政権側の主謀責任に固執すると弁護側を利する結果になりますよ」「それでは職務責任を根拠に戦争犯罪を立証した判例があるのかね」私の説明にリミッド検察官が珍しく素直に質問してきた。リミッド検察官としては証拠が偏っていることは自覚にしていたのだが、告訴が決定しているため悩んでいるところに私が着任したので渡りに船とばかりに押しつけたものの想定外の展開に困惑しているようだ。
「あります。第2次世界大戦後の極東国際軍事裁判=東京裁判です。ナチス・ドイツを裁いたニュルンベルク裁判では被告個人に科すべき明確な戦争犯罪がありましたが、東京裁判ではコンセンサス(合意性)社会の日本の軍人や政治指導者の犯意が立証できず、結果を容認したことによる道義的責任で有罪判決を下しました。その意味では人道上の罪で告発するなら死刑を求刑するべきでしょう」私の見解の暴走にモレソウダ首席検察官とリミッド次席検察官は顔を見合わせることも忘れて口を開けていた。その間に私はモレソウダ首席検察官がいれてくれたコーヒーをすするとリミッド検察官が口を開いた。
「今や死刑こそ人道上の罪と言うのが国際社会の常識だ」「国際社会ではなくEUのでしょう。この国際刑事裁判所は建物がEU圏内にあるだけでEUやオランダの勝手な論理の強要を受ける筋合いはない。国際裁判で死刑を下した判例があるのなら同じ罪に適用しなければ法の均衡性が維持できない」ベルギー人のリミッド検察官は強硬に反論しようと身構えたが、アフリカ西部でもイギリスの植民地だったガンビア人のモレソウダ首席検察官が割って入った。
「ニュルンベルクと東京の国際裁判所が死刑判決を下したのは人道の罪と平和に対する罪も認めた被告だったはずです。モリヤ検察官の本当の狙いは弁護人に今のリミッド検察官のような反論をさせて論理の破綻を印象づけることですね」「ご明察の通りです」やはりモレソウダ首席検察官は同じ年令でも日本の受験制度から外れた完全独学の私よりも数段上手なのだ。
「結局、アフリカの武力紛争はソ連と中国が対西側先進国との世界戦争に使うため武器を与え、軍事訓練を施したことで矢や槍で戦っていた部族対立が近代戦になって、そこに宗主国が広めたキリスト教と後発のイスラム教の対立が加わって二重構造の内戦が拡大したんです。それでもイスラム教による支配で秩序が回復しつつあったところにアメリカのブッシュ政権が始めた反イスラムの戦争が折角の秩序を破壊したから収拾不能に陥ってしまったと言うのが私の見解です」「本当はジョージ・ウォーカー・ブッシュを戦争犯罪者として告発したいんでしょう」モレソウダ首席検察官の明察の連発に私は苦笑し、リミッド検察官は顔を背けた。
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  1. 2020/05/08(金) 11:50:11|
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