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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1914

着任して以来、暗中模索しながらの初仕事を片づけたところで梢と国内旅行に出かけることにした。と言っても狭いオランダ国内なので電車で20分のライデン市で江戸時代にズィーボルトが日本から持ち返ったコレクションを見るだけだ。電車で20分なら高校と大学への通学で乗っていた「飯田線の三河一宮駅から豊橋駅までと同じだ」と嫌なことを思い出した。
「ライデン中央駅で下りて一番近いのは民族学博物館だけど、そこから先は逆方向なのよ」電車の席で英語版の旅行ガイドブックを広げながら梢は首を傾げている。今回は私がズィーボルト・コレクション、梢はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館と希望が分かれたのでジャンケンで決めた。昔から映画や旅行にしても意見が分かれたことはなかったが、これは私が「大きな佛像を参拝したい」と言う個人的趣味を優先した結果だった。
「どちらにしてもタクシーを使うほどの距離じゃあないんだろう。市内観光を兼ねて歩き回ろう」「うん、それが私たちのデートだもんね」道路では22キロ程度なので冬場でなければ自転車でもいける距離だ。大学時代も後半はアルバイト中心の生活になり、「定期券代が勿体ない」と自転車で通学し始めたが、苦痛ではなかったから遠出には丁度良い距離かも知れない。ただし、サイクリングはチューリップが咲いた頃に花畑を探し回る予定だ。
「距離の割に道が変にずれていて歩きにくい街だね」ライデン中央駅で下りて駅前通りの地下道で線路を潜ると運河の向こうに国立民族学博物館はある。ところが運河は渡る橋がなければ目的地に辿り着けない。橋までは数百メートルだが、通り過ぎるので往復で倍になる。運河の向こうの国立民族学博物館の煉瓦積みの建物を眺めながら遠回りするのをデートと楽しむには少し寒い。今日は佛像を拜むためコートの下は作務衣なのでどうしても襟元に冷気が吹き込んでしまうのだ。するとコートの襟を手で掴みながら歩いている私に梢が声をかけた。
「マフラーを巻いてくれば良かったのに」「館内ではコートを脱ぐだろう。忘れそうなんだよな」私の変な言い訳を聞いて梢は立ち止まってコートの胸元のボタンを外すと中に垂らしていた毛糸のマフラーを解き、片方を手渡した。
「これを巻けってか」「うん、とっても温かいよ」梢はマフラーも初体験だが、とても似合っている。赤い通信ケーブルで結ばれている私たちだからマフラーもつなげても違和感はない。しかし、私の頭に高校時代の妙な青春の記憶が甦って来た。
「高校時代、手編みの長いマフラーを彼氏と一緒に巻いて歩いていた女子が転んで2人とも首が絞まったことがあったんだよ。危ないぞ」この私の心配は実話だ。その女子の力作は2メートル以上あったが、それを見た他の女子も羨ましがって競い合うように作り始めたのでウチの高校は編み物教室化してしまった。ところがこの転倒・窒息事故を知った学校が2人一緒のマフラーを禁止したため、作りかけの短いマフラーがバレンタインデーのおまけになって男子に贈られた。それでも女子連名の「学校に指導に反対しろ」と言う要求を生徒会風紀委員長だった私は「確かに危険だ」と拒否したので1本も届かなかった。
「だったら転ばないように肩を抱いて歩いて下さい」「はい、ここはオランダだから大丈夫です」これは「オランダなら作務衣が坊主のユニホームだと思う人はいない」と言う意味だ。それを理解した梢は苦笑してうなずいた。隣りに寄り添って立った梢の肩を抱くと手で押して歩き始めた。佳織であれば自衛隊式に小声で「前へ進め」と号令をかければ基本教練で歩幅、歩調も一致するのだが、梢とは若い頃に身につけた呼吸と鼓動でさらに自然に足の運びが揃う。
「僕が照れるから 誰も見ていない道を 寄り添い歩ける寒い日が 君は好きだった・・・ワシは照れないけどな」毎度の癖で今の雰囲気に合う歌を口ずさんでから訂正すると、梢は「私は好きだよ」と呟いて肩に頭を載せてきた。こうして2人での生活を再開すると梢に対する私の想いは人間としての欲望に囚われた煩悩ではなく、傍らに存在することが自然なのだと実感するようになった。互いに別の相手との間に子供を儲けたが、その子供たちが不思議な縁で結ばれて私たちの生命が3世代先にまでつながった。梢と別れた後、美恵子の店でこのオフコースの「さよなら」を唄うと「愛は哀しいね 僕の代わりに君が 今日は誰かの胸に 眠るかも知れない」と言う歌詞が胸を突き刺して泣き上戸になってしまったものだが、その梢は今は私の胸で眠っている。寄り添って歩いている。何だか涙がにじんできた。
「はい、涙が凍るよ」コートのフードで見えないはずの私の涙に気づいた梢がポケットからハンカチを取り出して手渡した。今の気温は零下にはなっていないので涙が凍るはずはないが、沖縄生まれの梢にはそのくらいの寒さなのだろう。
「あっ、デ・プット風車がある」国立民族博物館に向かう橋を渡ると前方に観光ガイドに載っていたデ・プット風車が見えた。その向こうはレンブラント橋だ。かなり寄り道が増えそうだ。
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  1. 2020/05/13(水) 11:39:48|
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