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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1919

「今日、部長に退職を申し入れたわ」ジアエは夕食の席の祈りを終えると神学校でもある修道院から帰宅している父と母に今日の出来事を報告した。両親もこれからの聖也の育成には父親である岡倉との同居が必要であると言う認識では一致しており、アメリカへの移住にも同意しているので特別な反応はしなかった。それでも母はこここまで身近で成長を見守ってきた聖也と別れることに寂しさを噛み締めているのは伝わってくる。
「聖也も4歳だからアメリカの幼稚園に入れた方が良いな。私が教会を任されるようになればお母さんと一緒に暮らすつもりだから心配せずに行きなさい」「でも神父の妻帯は認められていないでしょう」父の説明に自分も敬虔な信徒であるジアエが疑問を述べた。カソリックでは神父を生活の全てでカミに仕え、信者全体を「教え」「導き」「守る」父親のような存在と定義しているため、家族の父親となることは認めていないのだ。
「そうは言っても離婚を頑なに禁止しているのも我がカソリックだからな。お前も知っての通り、妻帯の信者が神父になるには妻の同意を得て事実上の離婚をするんだ」「今の私たちみたいにね」父の説明に母が苦笑しながら同調した。確かに父が修道院に入る際も母の同意どころか全面協力を得ていた。そのため布教を名目に帰宅した時には別室で就寝し、家族の団欒とは距離を置いている。聖女だった頃のジアエもそのような清らかな生活に憧れたことがあったが、岡倉の妻になり、聖也の母になって命を分かった家族への愛に生きる幸福を自分の使命と感じるようになった。だから信者だけでなく個人主義が殊更に優先されている世界に向けても家族愛を説いているカソリック教会の復古的教条主義には矛盾も感じていた。
「我が国の宗教はカソリック、プロテスタントだけじゃなくて佛教も底が浅くて完全な教条主義なのよね。それが国民性にも反映しているみたい」唐突にジアエが信仰するカソリックだけでなく韓国人まで批判したことに母は驚いたように顔を向けた。
「私は日本の佛教寺院に行って住職と話したことがあるけど、我が国の僧侶たちのように王朝以来の戒律だけを守っていればあとは何をやっても構わない。我々だけが世の中の真理を悟っていると言う傲慢さはなくて、逆に心の底にまで佛教が満ち溢れているような深い信仰心を感じたわ。カソリックの神父やプロテスタントの牧師も在韓アメリカ軍のチャップレン(従軍宗教者)と話していると『カミと共にある』と言う揺るぎない確信が伝わってきて、聖書の文章の引用しかしない我が国の神父や牧師とは別次元なのよ」ジアエの厳しい見解に母は目を険しくしたが父は無表情に食事を口に運んでいる。そんな祖父の姿をジアエの隣りの席の聖也は不思議そうな顔で注視していた。
「今、お前が言ったことは私も修道院で感じていることだ。私はアメリカ人の神父に育てられたから、お前が言ったようにカミの存在を理屈ではなく当然のモノとして実感している。ところが我が国の神学校で学ぶ神学生¬、修道士たちは聖書を暗記し、儀式の作法を学び、説教の練習をすれば神父になれると思い込んでいる。だから戒律も神父としての立場を危うくしないために守っているだけで背信に対する怖れなどは全く感じていない」ジアエの批判には目に怒りの色を浮かべた母も父=夫の告発には唇を噛んで黙り込んだ。
「だから異教徒の信仰を尊重することができないでアフガニスタンに乗り込んでイスラム教徒に布教するような傲慢なことをやってのける。佛教も昨年の10月に僧侶が対馬から佛像や経典を盗み出してきただろう。今月には地方裁判所がその犯罪行為を肯定した。お前が言う通りだ」「どうしてそんなことになってしまうのかしら」ジアエは食事を忘れて聞き入っている聖也に注意を与えてから話を続けた。やはり信仰や社会問題に関する深い見識は父でなければならず、帰宅するのを待っていたのだ。
「結局、我が韓民族は中国の一部でありながら地理的条件で独立王朝を認められてきた歴史の中で中国皇帝の意向に盲従してきたことが人間性を作ってしまったんだろう。だから独自の学問を探求し、文化を創造する必要はなく、与えられた教義を表面的に模倣すれば十分だと信じているんだ。キリスト教や佛教も同じことで中国皇帝に教えられた儒教の作法の中で聖書と経典を使い分けているだけだ」「その点、日本は海を隔てているから国難に際しても自己解決するしかない。だから大震災でも国民は毅然として可能な生活を維持していたのね。やっぱり聖也はタイガーの傍で育てた方が良いわ」結論は母が出した。
「それにしてもタイガーは最終的に自分の佛教とお前のキリスト教のどちらを家の宗教にするつもりなんだ」「どちらも大切にしているわ。おまけにアフガニスタンでイスラム教も好きになったみたいよ」「やっぱり日本人の考えることは韓民族には理解できないな」両親は呆れて顔を見合わせた後、聖也にも手で指示して食事を再開した。
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  1. 2020/05/18(月) 12:42:09|
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