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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1921

「昨年、依頼を受けた陸海空の隊歌の楽譜とCDが届きました」翌日、オランダ大使館に近藤1佐を訪ねて島田元准尉の熱烈な使命感の成果でもある依頼品を届けた。あまり期待されなくてもその倍の成果を見せつけるのが昭和の男だから島田元准尉は正しく昭和一郎なのだ。
「ほう、陸海空の隊歌の楽譜に歌詞カード、それにCDまで揃っていますね。これをもらっても良いんですか」「はい、防衛駐在官に渡すと説明しましたから私の歌詞カードとCDは別に送ってくれました。どうそ」おそらく島田元准尉は一般人で楽譜が読める者は少数派なので郵便物の重量を考えて省いたのだろう。しかし、近藤1佐も新しい「海を征く」の歌詞カードは一瞥しただけで素通りしたからこちらも省略しても良かった。
「こっちは陸海空の行進曲ですね。『軍艦行進曲』かァ・・・守るも攻むるも鉄(くろがね)の 浮かべる城ぞ頼みなる 浮かべるその城日の本(もと)の 御国(みくに)の四方(よも)を守るべし 真金のその艦 日の本に仇なす国を 攻めよかし・・・」CDに島田元准尉が手書きしている曲名を見て近藤1佐はいきなり軍歌「軍艦」を唄い始めた。唄う前に顎でリズムを取っていたところを見ると腹の中で「ジャンジャンジャンッタッタラジャジャジャジャジャン」と伴奏を入れたらしい。市ヶ谷で知り合った海上自衛官はWAVESの嫁と交際中、「パチンコ屋の前で軍艦マーチが流れていると大声で唄い始めて困った」と言っていたが、こうなると元海軍少年としても隊歌演習に参加するしかない。
「・・・石炭(いわき)の煙は海神(わだつみ)の 竜(たつ)かとばかりなびくなり 弾(たま)射つ響きは雷(いかづち)の声かとばかり怒呼む(どよむ)なり 万里の波頭乗り越えて 御国の光輝かせ」やはりこの歌は気合が入る。海上自衛官にとっては航空機整備員のジェット音と同じく心臓の鼓動や脳波が反応・共鳴するのかも知れない。これからは梢をつき合わせて家でも隊歌演習を実施することにしよう。それにしても離島航路の連絡船に乗ったのが嬉しくて、舳先で「海を征く」から「軍艦」「艦船勤務」「月月火水木金金」「江田島健児の歌」「暁に祈る」の2番を熱唱している私を傍らで嬉しそうに眺めていた梢は何者なのか。
「どうもおつき合いいただきまして有り難うございました。本当に海軍少年なんですね」「2次試験で落ちなければ同業者でした」私の皮肉に近藤1佐は苦笑した。実際、海上自衛隊生徒は親の命令で断念したが一般海曹侯補学生を2回と航空学生は2次試験で落ちた。何故、航空と陸上には合格しても海上は落とされるのか。多分、制服が似合わないからではないか。
「軍艦は瀬戸口藤吉が鹿児島民謡のおはら節を元に作曲しましたが、陸の分列行進曲はフランス人の作品でしたよね」「シャルル・エドゥアール・ガブリエル・ルルー大尉です」このフルネームは島田元准尉がCDに書き込んでいたので暗記しただけで、私は「シャルル・ルルー」と早口言葉のように憶えていた。
「こっちは唄わなくても好いんですか」「はい、曲は兎も角、歌詞と歴史的経緯には許せない点が多々ありますから結構です」私の胸から防府で染み込んだ山口県人への嫌悪感が嘔吐のようにこぼれ出た。陸上自衛官の私としては警察予備隊創設1周年の式典用に初代音楽隊長・須磨洋朔1佐が作曲した行進曲「大空」を採用してもらいたいものだ。
「これだけあれば自衛隊記念日の式典のBGMには完璧ですが、あのバンドはデン・ハーグのアマチュア楽団ですから行進曲までリクエストするのは無理かも知れません。それにダンスを楽しみにしている参加者も少なくないですから、今年は陸海空の隊歌をリクエストしましょう。隊歌演習はお願いしますよ。こちらは個人的に楽しませてもらいます」近藤1佐は意外な説明をすると隊歌のCDと楽譜を茶封筒に戻し、歌詞カードは行進曲のCDと楽譜と一緒に引き出しに収めた。それにしても天下の日本大使館の公式の式典にアマチュアの楽団に演奏を依頼していることには首を傾げてしまう。それが防衛駐在官=自衛隊の立場によるものなのか、民政党政権の事業仕分けの影響なのかは判らないが、嘲笑している参加者がいても不思議はない。
「ところでモリヤ2佐は大使館主催の花見の会に参加しませんか」「オランダで花見の会ですか。先日、ニュースで『アムステルダムのボス公園の桜が7分咲きになった』と言っていたから見に行こうと思っていたところですが」「それです。まだ若木なので日本人の目には物足りませんが400本植えてあるから雰囲気くらいは楽しめますよ。日本料理と一緒にどうぞ」島田元准尉のおかげで梢との約束が倍の形で実現しそうだ。淳之介とあかりは茶山元3佐の案内で船岡・白石川の千本桜を満喫したそうだが、こちらはオランダの四百本桜と少しこじんまりしている。それでも久しぶりに日本の食べ物を味わうことができれば感激するのは間違いない。
「いっそ2人で『同期の桜』でも唄いませんか」これは悪い冗談だ。「防衛駐在官が晴れ舞台に立てるのは自衛隊記念日の式典だけ」と言うのは近藤1佐自身から聞いた嘆き節なのだ。
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  1. 2020/05/20(水) 12:44:31|
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