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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月20日・「メートルの日」=メートル条約が締結された。

5月20日は1875年にパリでドイツ帝国(当時、以下同じ)、オーストリア・ハンガリー帝国、スペイン帝国、ロシア帝国、オスマン帝国、ブラジル帝国、アメリカ合衆国、イタリア王国、スウェーデン・ノルウェー連合王国、デンマーク王国、ベルギー王国、ポルトガル・アルガルヴェ連合王国、フランス共和国、アルゼンチン共和国、ペルー共和国、ベネズエラ共和国、スイス連邦の17カ国によるメートル条約が締結されたことを記念する「メートルの日」です。イギリスは自国と植民地内の単位基準が確立されていたため混乱を避けて参加しませんでしたが、輸出用に作成した自国のメートル原器の確認測定が許されず輸出品の規格に関する信用が低下したため1884年になって加盟しました。
メートル法は1700年代に入り、経済活動が国内に留まらなくなったことから世界共通の単位が求められるようになり、先ずフランス国民議会が革命後の1790年に南北の子午線の北極点から赤道までの1000万分の1を「1メートル」とすることを決定したのです。したがって長さの「メートル」、重量の「キログラム」、面積の「アール」「ヘクタール」、液量の「リットル」「デシリットル」はフランス語です。
これを受けて同一経度上に位置するフランス北部のダンケルクからスペイン東部のバルセロナまでの距離を計る一方で三角測量で精密な緯度を測って地球の大きさを割り出しました。こうして作成したのが最初のメートル原器です。
当時、この共通単位の必要性は輸出入に関わる各国では共通認識になっており、1867年のパリ万博に集まった学者の間でフランスのメートル法が評判を呼び、自国に帰って採用を提唱し、採用の気運が高まる中でメートル原器の信頼性の確認と承認を目的に召集されたのが1875年の会議でした。この時、メートル原器は作成から100年近く経っており、定規などの確認に使用されて歪みや摩耗が進んでいたため最も伸縮が少ないとされていた白金とイリジウムの合金製でX型の現在の物に作り直されました。ただし、1960年からはクリプトン86の発光スペクトルの波長を基準にするように変更されています。
2019年現在、メートル条約には59カ国が加盟、42カ国が準加盟していますが、国際連合加盟国ではリベリアとミャンマーが未加盟で、アメリカ合衆国は公的にはヤード、ポンド法を維持しており、イギリスも両方の単位を併用しています。
日本は明治18(1885)年に加盟し、明治22(1889)年にメートル原器の交付を受けたことで明治24(1891)年にメートル法の「度量衡法」と従来の和式の単位を定めた「尺貫法」を制定しましたが、生活様式に根づいた和式を捨ててメートル法に移行する必要性は乏しく、単位に米=メートル、糎=センチメートル、粍=ミリメートル、屯=トン、瓩=キログラム、瓦=グラムなどの漢字を当ててみても全く普及しなかったため大正10(1921)年には尺貫法を廃止しましたが効果は薄く、敗戦後の昭和26(1951)年に計量法で禁止し、さらに罰則を課す暴挙に出たのです。しかし、和風建築や和服を作るのに「1尺は30.303センチメートルと計算すれば良い」と言うのは現実を無視した机上の論理だったので、現在は法令の運用が緩められています。
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  1. 2020/05/20(水) 12:45:41|
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