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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1927

4月上旬の晴れた日、松山一家がニューヨーク・マンハッタン区のハドソン川沿いにあるサクラ・パークに花見に出かけた。この名称は日本語に直訳したのではなく実際の横文字だ。
「思ったよりも綺麗ね。やっぱり桜を見なけりゃ春が来たような気がしないわ」松山一家は芝生に広げたシートに腰を下ろすと酒抜きの花見を始めた。広い芝生のあちらこちらには日本人と思われる家族連れや日本企業の社員たちが同じようにシートを敷いて弁当を広げ、缶ビールで宴会を始めている。散歩している多くのアメリカ人たちがそれを物珍しそうに眺めていた。
「今田(本間の偽名)さんはセントラル・パークにはチェリー(=桜)・ヒルって言う丘がある。ジャックリーン・オナシス貯水池沿いには桜のトンネルがあるって力んでいたけどね」「杉村(岡倉の偽名)と松本が『あそこの桜トンネルは八重桜だから花吹雪にならない』『サクラ・パークの方が本数は多い』って反論したからこっちにしたけどこんなもんだろう」松山夫婦は青森駐屯地で勤務していた時、日本一の弘前城の桜を見ているので2人が推薦したアメリカの桜では満足できないのだ。そうなると頭から観賞するのが松山家流だ。
「このサクラ・パークは1912年にニューヨーク在住の日本人の団体が日本から取り寄せた染井吉野を2500本寄付したことを受けてリバーサイド・パークの拡張に使う予定だった区画に植樹して、この名前をつけたんだ」「有名なワシントの公園とどっちが古いの」「ポトマック公園に桜が植えられたのも1912年だから歴史は同じだよ。あっちも東京の尾崎行雄市長が2000本送ったって言うから日本国内の桜の苗木は売り切れになっただろうな」それにしても夫・松山千秋1佐がインターネットで検索しているのは海外の報道番組が中心で観光案内を閲覧しているところを見たことがない。この知識の出所は妻の裕美2曹にも不明だった。
「さて弁当を広げましょう。小春、手伝って」広い芝生なので遠い隣りの席の花見が盛り上がってきたようで手拍子や歌声が聞こえ始めた。それを聞いた裕美2曹は千秋1佐が持っている布袋を受け取ると娘の小春に声をかけた。
「アメリカのエレメンタリー・スクール(小学校)って歩かないんだよ」「スクール・バスだから学年で日にちが違うんだよね」シートの上に弁当箱を並べながら小春が説明すると裕美2曹が受けた。松山家では両親ともにアメリカの教育制度に関心を持っているので小春の学校生活も承知している。アメリカでは春休みがないため野外活動には最高の季節も日程に余裕があり、春の遠足は郊外の牧場に出かけ、畜産を体験してきた。
「でも弁当が簡単で助かるわァ」「私の弁当はサンドウィッチにオカズが付いていたからみんながビックリしてたよ」「オヤツも要らないのよね」アメリカの小学校の弁当は子供たちが豪華さを競い合い、母親が優秀さと愛情を誇示するための道具になっている日本とは違いホット・ドッグやサンドウィッチならば上出来でパンや林檎の単品も珍しくない。ましてやオカズを付ける習慣がない。日本では定着しているオヤツの菓子も「遊びではない」と事実上の禁止だ。確かに徒歩の移動ではないのでエネルギー源としての糖分補給は必要ないだろう。
「それでも今日は手造りの花見団子をどうぞ」「私も手伝いました」「僕も手伝いました」要するに3人合作の花見団子を最初に食べることにした。松山家の花見団子は裕美2曹が母親から習った中村家流で、千秋1佐が苦労して探してきた白玉粉と絹豆腐を若干の砂糖を加えて混ぜて練り、それを3つに分けて食紅と抹茶で赤白緑に色分けする。あとは茹でて冷まして串に刺せば出来上がりだ。今回、小春にも中村家流の製法を伝授できた。やはりニューヨークで育てても日本の伝統文化は教えなければならない。
「おや、佐田さん(松山の偽名)。家族揃って花見ですか」3人で自作の団子を頬張りながら品評会を始めると背後から日本語で声を掛けられた。振り返ると前任者の工藤と妻のジェニファーが寄り添って立っていた。2人には20歳の年齢差があるが父と娘ではなく愛情で結ばれた夫婦に見える。それはジェニファーがアフリカ系=異人種だからではない。
「これは工藤さん、散歩ですか」「奥さん、随分とお腹が大きくなって。そろそろ臨月ですか」「赤ちゃんが産まれるの」マタニティーを着ているジェニファーの腹は大きく膨らんでいる。裕美2曹の経験から言って間もなく出産を迎えそうだ。
「予定日は過ぎてるんで、動けば子供が下がるからって言うから花見を兼ねて・・・花見団子ですね」「ハナミダンゴ・・・」花見団子を並べた紙皿を見つけた工藤が嬉しそうに声をかけるとジェニファーも興味を持ったようで身をかがめて覗き込んだ。
「私たちの手作りですがどうぞ」「ほう、手作りですか」「アウチッ・・・」千秋1佐が差しだした紙皿に工藤が手を伸ばした時、ジェニファーが呻き声を上げてしゃがみ込んだ。
「陣痛ね。大丈夫、初産なら時間はあるわ」固まっている男たちの前で経験者が指揮を執った。
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  1. 2020/05/27(水) 13:14:18|
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