FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1931

「貴方、海外小荷物が届いてるよ。随分重いんだけど何かしら」船岡の茶山元3佐が山小屋から戻ると妻の静が見た目は小さい段ボール箱を重そうに持って見せた。
「モリヤくんからだろう。開けてみよう」茶山元3佐が静から段ボール箱を受け取ると見た目の予測よりもかなり重く、腕の中で20センチほど落下させてしまった。箱の上面に貼ってある荷札の横文字を確認するとネーデルランドのモリヤニンジンだから間違いない。取り敢えず玄関に置くと山小屋へ持っていく7つ道具の中から小刀を取り出して箱の蓋を厳重に止めているガムテープを切り、静も興味深そうに身を乗り出して覗きこんだ。
「オランダ名産の大きな円盤チーズね」蓋を開けると中からは強烈なチーズの匂いが広がった。上に掛けてある外国語の新聞を取ると中には直径30センチはある黄色の丸く平たい固まりとその下に5合瓶と緑色の350ccの缶が6本詰め込んであった。固まりは巨大で重過ぎて何なのか判別できないが、静が匂いと色でチーズと推理した、
「本当に大きいな。固そうだから包丁では刃が立たないだろう。この鋸(のこぎり)で切ろうか」持ち上げているチーズは漬け物石に使えそうなくらい重く、焼き物のように固い。これでは包丁で切るのは無理だ。茶山元3佐が7つ道具の袋から鋸を取り出すと静は首を振りながらチーズを取り上げた。静としては茶山元3佐が常に7つ道具の手入れを念入りにしていて防錆剤を塗布しているのも知っているだけに食品に使うことは許可できない。
「パン切り包丁なら鋸みたいな使い方をするから大丈夫だよ」「ウチにパン切り包丁なんてあったかな」「高い物じゃあないから買いましょうよ」茶山家の食事は飯か麺、パンはトーストなのでフランス・パンなどに使うパン切り包丁は見たことがない。それでも山小屋で立ち木を切ってきた鋸の刃に木屑が付いているのを見て納得した。
「手紙が入ってるな」5合瓶を取り出すと底に封筒が入っていた。取り出して読むとA4版にパソコンの文字がギッシリと詰まった書簡2枚と印刷した画像1枚だった。箇条書きの荷物の解説から始まっているのはやはりモリヤだ。
「チーズは薄く切ってパンに載せて焼くと溶けて美味しいそうだ。どうやって薄く切るのかね」茶山元3佐がぼやくように呟くと静は自分の意見の通りだと納得してチーズを抱き締めた。小柄な静では腕からはみ出している。
「酒はイエネーファと言うオランダの地酒で、ジンの元になった酒なんだそうだ」「ジンって強い洋酒じゃあないの」「ジンジンジンジン、サントリー・ジン・・・」静の確認に茶山元3佐は返事の代わりに昔、テレビで流れていたCMソングを口ずさんでしまった。ただ洋酒は苦手なので間もなく開催される船岡駐屯地の花見の会で施設OB会の戦友たちに呑ませることにした。
「こっちはオランダのビールでハイネケンって言うそうだ」「綺麗な緑色ね。こうして並べると制服を着た陸上自衛官みたい」茶山元3佐が缶を玄関に並べると静が意外な表現をした。茶山元3佐としては灰茶色の70式の制服に愛着があり、迷彩服よりもOD色の作業服の方が着なれているので「基本教練の横隊みたい」と言ってもらいたかった。
「納豆と豆腐作りには成功したそうだ。これが写真だってよ」書簡には「添付画像参照のこと」と断り書きしてあり、そこには洋式の器に入れた沖縄豆腐、絹豆腐と納豆が写っていた。
「ふーん、炬燵はないからヨーグルト・メーカーって言う家電機材を買ったのか」「やっぱり海外での生活は日本とは違うのね。でもヨーグルト・メーカーって何に使うのかしら」静は手渡された画像の納豆と一緒に写っているヨーグルト・メーカーを見て首を傾げた。古希前後の初老夫婦の感覚ではヨーグルトは市販しているカップ1個で十分であり、大量生産する必要性は全くない。とは言え納豆製造用にしては本格的過ぎる。
「へーッ、ヨーロッパは大根が違うから沢庵にはできないのかァ」静の疑問には答えず茶山元3佐は自衛隊の回覧文書に目を通すように読み進めていく。そこで断り書きに従って静が持っている画像を覗くとスーパー・マーケットの野菜コーナーで撮った大根の写真が紹介されていた。
「色が全然違うな」「形もね」静も一緒に画像を覗き込んだ。写っているのは「大根だ」と説明されるから納得するだけで、見た目は大根とは思えない不可思議な根菜ばかりだ。
「これがモリヤさんの奥さんなの。沖縄豆腐も作ったって書いてあったから沖縄の人なのかしら」静が唐突に大根を持って写っている女性を指さして確認してきた。茶山元3佐は長いモリヤとのつき合いでカンボジアPKOの後、家庭を守れなかった前妻と離婚して前川原の同期のWACと再婚したことは知っていた。その後妻が1佐になっていることも部内の新聞で読んでいる。しかし、どう見ても1佐のWACと言う雰囲気ではない。それでも深入りしないのが茶山元3佐だから返事をせずに視線を書簡に戻した。続きにはアフリカでの体験と国際情勢が綴ってある。
スポンサーサイト



  1. 2020/05/31(日) 13:09:07|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<6月1日・虫送りの神さま・斎藤実盛が討ち死にした。 | ホーム | 5月31日・ナチスの戦犯・アイヒマンがイスラエルで処刑された。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6171-a9b57cb2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)