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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1932

「貴方、モリヤさんから荷物が届いたわよ。重い・・・」岐阜県可児市の島田元准尉の家にもオランダから箱の大きさの割にとても重い国際小荷物が届いた。配達した郵便局員は「重いですよ」と注意を与えたのだが受け取った順子は油断していた。
「モリヤ2佐からならこの間の楽譜を向うの楽団が演奏したCDでも送ってきたんだろう」居間のテーブルで次回のFM放送のプログラムを練っている島田元准尉は気楽に答えた。そこに順子が両手で抱えてきた段ボールを置いた。箱自体は縦横40センチ、高さ30センチくらいの大きさだが置いた衝撃音には重量感があった。
「こんなに重たいCDはないわよ」いつになく乱暴な態度に困惑して視線を送ると、順子の顔は紅潮していて息づかいも荒くなっているようだ。
「それじゃあ何が入ってるのかな。このサイズだと・・・」順子が棚の引き出しからハサミを取ってくる間に箱を持ち上げてみると本当に重かった。箱の各面にはイラストの「割れ物注意」のシールが貼ってあるところを見ると陶製品かも知れない。
「わッ、チーズの匂い」箱の蓋を開けると強烈なチーズの匂いがした。上には外国語の新聞が掛けてあるが中身は間違いない。島田元准尉は順子に目で促されて新聞を取った。
「オランダのゴーダチーズね」箱の中に現れた巨大なチーズを見て順子は笑顔になった。島田夫婦は北九州に帰省して阿蘇に移動する途中で長崎のハウステンボスにまで足を延ばし、ゴーダチーズを使ったオランダ料理を食べたことがある。本場のゴーダチーズは匂いと味を淡泊に抑えた日本の市販品と比べて鼻と舌にはやや重いが独特の味わいがあり、テレビの海外を紹介する番組などで見ると食べてみたくなる。
「これだけあれば貴方の晩酌は当分これね。私はトーストに載せていただきます。チーズを使った料理も思い出さなくちゃいけないわ。お隣りにも配らなくっちゃ」「それにしてもチーズが2段入っている訳じゃあないだろう」急にはしゃぎ出した順子の横で島田元准尉は重いゴーダチーズを持ち上げて退けてみた。すると底には厳重な緩衝材に包まれた5合瓶と緑色の350CCの缶が6本寝かせてあった。
「これは酒だな」島田元准尉は瓶を取り出すと空気の珠が隙間なく並んだビニール製の緩衝材を脱がし始めた。すると順子がその下にある封筒に気がついた。
「手紙が入っているわ」緩衝材を脱がして見たことがない洋酒であることを確認した島田元准尉は手渡された封筒から手紙を取り出して広げた。こちらも始まりは荷物の解説からだ。
「これはジンの元になったイエネーファって言うオランダの地酒なんだそうだ。ドン ドン ディン ドン シュビ ダ ドン・・・」「それってジンのCMソングだっけ」島田元准尉がイエネーファの5合瓶を手にとって口ずさみ始めた歌に順子が水を差した。すると選曲ミスに気づいたプロのDJは解説で誤魔化した。
「只今、お送りしました曲はサントリー・オールドのCMソングで『人間みな兄弟』です。この題名を考えたのは当時、サントリーの宣伝部に勤めていた作家の開高健で作曲は小林亜星でした。なお唄っているのはサイラス・モズレーと言う上智大学の教授だそうです」実は島田元准尉が若い頃には同僚と呑みに出るとスナックでキープするのはサントリー・オールドなら大喜び、大概はレッドの大瓶だった。そんな歓声に代えて口ずさんでいたのかこの歌=スキャットだった。そうなればサントリーに問い合わせて歌に関する情報を収集するのは今も同じだ。
「こっちはハイネケンね。貴方は外国のビールは苦みがないから嫌いでしょう、私がもらうよ」島田元准尉の絶妙な誤魔化しに苦笑しながら順子がテーブルに並べた缶ビールを自分の前に引き寄せた。確かに大人向きの炭酸飲料のような外国産のビールは日本産に比べると男性には物足りない感じがする。それでも九州は火の国の女の順子には丁度好い。
「自衛隊記念日の式典は地元のアマチュア・バンドに演奏を依頼しているから行進曲までは頼めないのか。それでも海上自衛官の防衛駐在官は軍艦マーチに大喜びで、お礼にもらったイギリス海軍とフランス海軍、ドイツ海軍とオランダ海軍の軍楽隊が演奏したCDを送りますか・・・」手紙の続きを読んで箱の中を確認すると段ボールで挟んだCDが入っていた。早速、居間のCDプレーヤーで再生してみると曲は同じでも微妙に違う軍艦マーチの連続だった。
「モリヤ2佐も航空の『空の精鋭』が気に入ったみたいだな・・・しかし、陸の『扶桑曲』と『抜刀隊』はフランス人の作曲でも歴史的に山口陸軍閥の臭いがするから嫌いなのか・・・警察予備隊のマーチ『大空』を陸上自衛隊の行進曲にしたいんだとさ」いきなり順子にとってはパチンコ屋のテーマ曲に過ぎない「軍艦マーチ」が響き出して、耳に見えない栓をしていたため島田元准尉が読み上げる手紙の続きは独り言になっていた。
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  1. 2020/06/01(月) 12:15:19|
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