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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1933

私には全く関心がないオランダ国王の交代騒ぎが一段落した初夏、国際刑事裁判所の執務室に日本から牧野弁護士と滝沢弁護士連名の分厚い定型外の郵便物が届いた。
「そろそろ判決が下りる頃だな」ハサミで封を切って中身を出しながら用件を推察した。2008年2月19日に発生したイージス護衛艦・あまごと漁船・軽得丸の衝突事故は岩場登防衛大臣が海上自衛隊側の当事者や関係者の事情聴取も終わっていない段階で取り囲んだ記者に詰問されて一方的に責任を認め、謝罪したことでマスコミに国民を扇動する根拠を与え、その自衛隊を糾弾する世論を背景にした海難審判では海上保安庁が偽造した航跡図が証拠採用されるなどの信じ難い議事進行によって2009年1月30日に事故を全面的に海上自衛隊側の責任とする裁決が決定した。これを受けて2009年4月21日から当直士官だった大岩3佐と下番した前潟3佐の刑事責任を問う公判が横浜地方裁判所で開始され、これに私も参加していた。1審では海難審判が証拠採用した海上保安庁が作成した航跡図の捏造と僚船漁民の証言の虚偽を完全に証明して2011年5月11日に無罪を勝ち取ったが、検察側は民政党政権だったこともあり控訴した。しかし、完全に論破されている証拠を再度採用させることなどできるはずがなく検察官は我々に控訴理由を追及されると見苦しい弁明を弄するだけだった。
「無罪かァ。当然とは言え先ずは良かった」中身は牧野弁護士からの書簡と公判記録、それに判決を報じた新聞記事の切り抜きだった。書簡の冒頭に書いてある判決を見て私は私は安堵の溜息をついた。幸いにして両3佐は1審の無罪判決を受けて職場復帰しているが、あのまま民政党政権が続いていれば過失責任を認める判決が出て退職に追い込まれる可能性もあった。
「2審は1審の判決主文は維持しても横浜地裁が独自に航跡図を作成して状況を判断したことには同意しないと言う立場だったんだよな。つまり東京高裁の独自判断と言う訳だ」日本文の公判記録に目を通しながら自分か関わった昨年の11月まではすっ飛ばした。それ以降は裁判の最終幕だが、東京高等裁判所独自の判断と言っても裁判官は艦艇・船舶や海洋に関しては素人だ。同様に素人の横浜地方裁判所も海難審判の虚偽を完全に認めれば過去の採決の正否が政治問題化するため我々の事実に基づく合理的な論証も全面的に認めることはできなかっただけだ。
「要するに検察側は控訴したにも関わらず事実誤認に対する合理的な反証ができていない。だから控訴に値しない。結局、事実に関する独自の判断はできなかったということだな」判決の主文を読むと事故に関するイージス護衛艦と漁船の集団の航跡と位置関係については東京地方裁判所が策定したものを証拠採用しており、関係者の証言についても同様だった。
「それで上告期限の6月23日の0時を以って無罪が確定したと言う『連絡』なんだな」私は長年、幹部自衛官として陸上自衛隊文書規則に基づいて仕事をしてきたため日常会話でも「通達」「承認」「許可」「上申」「申請」「報告」「進達」「通知」「協議」「照会」「依頼」「回答」などの用語の使い方も無意識に第18条の基準に合わせてしまう。陸自文書規則では一般社会で多用している「報告」は職務の権限を有する上級者に対して下級者が状況や結果を知らせる場合の用語であり、「通知」は一定の事実、処置又は意思を知らせる場合なので該当しない。だから新聞やニュースで「政府が地方自治体に意向を報告した」などと言っていると誤りを指摘したくなってしまうが、陸自文書規則は防衛省行政文書管理規則を踏襲しているのでマスコミが守る義務はない。
午後からは日本大使館の防衛駐在官に公判記録のコピーを届けに行った。交通手段は健康的に自転車だ。在外公館警備官の1等海尉に案内されてドアを開けると白半袖の第3種夏服を着た近藤1佐は席で立って出迎えた。一方、私は薄茶色上下の70式制服を着ている。
「イージス艦と漁船の事故の無罪が確定しました」「それは御尽力に感謝します」近藤1佐の前に歩み寄って用件を伝えると姿勢を正して先に10度の敬礼をした。
「これは公判記録のコピーです。目を通して見て下さい」「それは昔懐かしい。旧制服ですね」近藤1佐は茶封筒を受け取りながら私の制服について声をかけた。考えてみれば海上自衛隊は航空自衛隊が1984年に夏制服を灰青色上下から水色の上衣と紺のズボンのツートンカラーに変更し、1991年に陸上自衛隊が現在の失敗作に変更した時も同調しなかった。その意味では傍観者としての好奇心を抱いているのかも知れない。
「私には自衛隊の制服の着用義務がある訳ではありません。単に文民ではないことを明示するために愛用しているだけです。黄ばんだワイシャツ見たいな今の夏服よりも良いでしょう」「この制服も女房泣かせで、洗濯に苦労していますよ」以前、海上自衛隊では「3種夏服も自分で洗濯しない」と聞いたことがある。さらに幹部の冬制服は昇任すると袖の階級章の金条の輝きが違ってしまうため新調しなければならないと聞いたことがある。「スマートで目先が効いて几帳面、負けじ魂。これぞの艦乗り」の美学を維持するのには出費も伴うようだ。
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  1. 2020/06/02(火) 12:51:54|
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