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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月30日・テレビで巨人の星の放送が始まった。

1968(昭和43)年の明日3月30日からスポーツ根性アニメの金字塔「巨人の星」の放映が開始されました。ちなみに少年マガジンへの連載は1966年5月からです。
翌1969年10月から「サインはV」、同年12月からは「アタックNo.1」が放映され、男女ともにスポーツ根性モノが大流行し、小中高校生は揃って体育会系の道を突き進むことになり、運動音痴は「ウンチ」と蔑まれ、体育の授業中、辛い思いで過ごすことになりました。「思い込んだら試練の道を、苦しくたって悲しくたって・・・」ですか。
野僧は叔父が少年マガジン、叔母がマーガレットを定期購読していたので「巨人の星」と「アタックNo.1」はどちらも原作から読んでいましたが、漫画とアニメでは違う点に気付きました。
例えば「巨人の星」の大リーグボール1号は、漫画では打者のバットを飛雄馬の超人的コントロールで真っ直ぐ当てているのに、アニメではバットに向かってボールが曲がっていくように描かれていました。これでは折角、原作者の梶原一騎先生が理論的に魔球を説明しても非現実的になってしまいます。
ただし、2号、3号はアニメの方がリアリティーはありましたが、エポック社の野球盤でも消える魔球が使えるようになるとは思いませんでした。
何にしろ以降の野球漫画で描かれた魔球に比べ「巨人の星」は論理性が際立っていました(「侍ジャイアンツ」の分身魔球はどう説明しても無理でしょう。ハイジャンプ魔球は練習した馬鹿がいそうですが)。
一方、「サインはV」と「アタックNo.1」では技が似ていて、ボールがネットを越えて落下する変化球サーブは、「サインはV」なら「稲妻サーブ」、「アタックNo.1」では「木の葉落し」、ネット際で二人がスパイクを打つのは「X攻撃」と「ダブルアタック」でどちらも発想は同じでしょう。ただしX攻撃はどちらが打つかを迷わすだけですが、ダブルアタックは打点を変え、タイミングをずらすのでこちらの方が有効です。
「巨人の星」は原作者の梶原先生が、主人公の「飛雄馬」はヒューマニズムから採ったと言われているように人間ドラマも秀逸でした。特に飛雄馬と父・一徹父子の緊張感は野僧と愚息の親子関係に似ています。
漫画では明子・姉ちゃんも要所要所で名言を吐いていましたが、アニメでは目立ちませんでした。ところでアニメの明子姉ちゃんの服装が年中同じなのはよく言われることですが、原作では色がないので読者が頭の中で色を変えることはできました。
さらに「巨人の星」は登場する女性も魅力的でした。飛雄馬が普通の若者の喜びを求めてつき合った女性タレント・橘ルミでさえ芸能人してのプロ意識を飛雄馬に教え、宮崎キャンプで本当の恋を知った見習い看護師の日高美奈が黒色肉腫で死んだ時には小学生ながら涙したものです。左門豊作と結婚するお京さんも中々でしたが、ところで左門は熊本弁なのに美奈さんが宮崎弁を話していなかったのは何故でしょう。
その点、「アタックNo.1」はアニメでは健康的なスポーツドラマに終始し、悲劇は高校時代に恋人の一ノ瀬努くんが事故死したくらいでしたが、原作では17歳で鮎原こずえが卵巣と子宮を失い、その後、不良の大学生に二股をかけられて弄ばれ、相手の女に対抗するためバレーを止めようとしたりと小学生には難しい問題も描かれていました。
でもやはり終戦の日が近づくと挿入された戦死した沢村栄治投手や吉原正喜捕手などの戦死したプロ野球選手の物語が忘れられません。
実は傑作戦史ドラマ「決断」は土曜日7時からだった「巨人の星」のすぐ後、同じ読売系での放送だったのですが、あの頃は子供のテレビ視聴時間は30分までだった家庭も多かったのでしょう。短期間で終わってしまいました。
余談ながら、我が家では「サインはV」は「選手がジャンプした時、ヘソが映るのが教育上好ましくない」と言う新聞記事を父親が読んで禁じたため途中で見られなくなりました。
星一徹星明子

  1. 2013/03/29(金) 09:30:23|
  2. 日記(暦)
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