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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1937(一部・事実です)

実は同じ年齢の梢の誕生日は6月27日、私は7月1日だ。つき合っていた頃は梢の旅行社の休みが土・日曜日のどちらかしかなかったため2人の誕生日を一緒に祝っていた。今回は一緒に暮らしているのでそれぞれの誕生日を祝って喜びを2回味わうつもりだったのだが、牧野弁護士からの「無罪判決確定」の航空速達郵便が届いたのは6月26日だったため前日に外食してしまった。それも犠牲者の存在を考えて祝杯を控えたから誕生日を兼ねた訳ではない。
「明日は沖縄の頃みたいに2人の合同誕生日で外食にしよう」6月29日の土曜日、私は海岸を中心とする約10キロの持続走訓練を終えてシャワーを浴び、ハイネケンの陸上自衛隊色の缶ビールを飲みながら提案した。癖がないハイネケンは発汗後の水分補給には最適だ。
「そうすると今週は2回も外食になちゃうさァ。貴方の誕生日は私が腕を揮うつもりだよ」私の机でオランダ語教室のテキストを開いて勉強している梢は椅子に座ったままこちらを向いて答えた。確かに26日の外食はスパゲティーだったので沖縄時代のアルデン亭の再現のようで味わい深かった。向かいの席に座っている梢に「明日から4日間は年下の男の子になるよ。お姉さん」と同じ台詞を贈ると「52歳と51歳じゃあ大差ないよ」と言い返しながら涙ぐんだ。
「やっぱりお前の誕生日も祝いたいから家事は休みにしよう」「駄目、私にとって貴方との暮らしは至福の刻(とき)なんだから、誕生日プレゼントをくれるなら家事をやらせて」梢の顔が真剣になった。あの頃、夏のボーナスをもらったところで「誕生日プレゼントに何が欲しい」と訊くと「一緒にいたい」と答えて腕にすがりついたが今はそれが実現している。そう言えば夏場になって少し離れて寝ているが27日の夜は肩に頭をのせて眠っていた。
「それじゃあ寝る前に『御苦労さん』と『有り難う』って気持ちを込めてマッサージをさせてもらうよ。残念ながら続きはないけど」「はい、お願いします」昔はマッサージを愛撫にして続きがあったのだが、誕生日プレゼントに奇跡の連発を期待するのは虚しいだけだ。
それにしてもあのまま交際を続け、梢と結婚していればどのような人生を送ったのだろうか。現在の生活が当たり前になるにしたがって、そんなことを想うようになった。梢と別れて胸の中にあいた巨大な穴、広がった闇に川口探検隊のように美恵子が無遠慮に踏み込んできた。後は恋人・夫・父親と言う任務を遂行するだけの人生だったように思う。それを言えばモリヤ家に生まれた私は息子と言う立場だけを強要されてきた。やはり梢との交際に反対されている苦悩を訴えた時に祖父に与えられた教えに従うべきだった。
「子供が幸せになることが本当の親孝行なんだ。それなのにお前の親は自分の考えに従うことを親孝行だと決めつけて強制している。お前が選んだ相手と結婚するなら勘当すると言うのなら勘当されてその人と結婚してしまえ。お前の人生じゃあないか」確かに梢に会いもせずに「沖縄人は日本人ではない。薩摩に侵略された日本の植民地だった」と史実に反する知識を持ち出して頭ごなしに反対する父親と伯父だけなら捨てることに迷いはなかった。しかし、父親に絶対服従し、伯父・伯母からも公私にわたり指図されている母親から「貴方がお父さんに反抗するとお母さんが困るんだよ」「貴方が素直な孝行息子だからお母さんは本当に助かってるわ」と言われると決断は下せなかった。結局、父親と伯父は共謀して私に結婚を認めるかのような手紙をよこし、「彼女に見せなさい」と表書きした封筒を同封してきた。その中に入っていたのは「モリヤ家は由緒正しい旧家であり、結婚相手は家格に相応しい家柄の女性でなければならない。だから結婚は絶対に認めない。早く別れて沖縄の男性と結婚した方が貴女のためだ」と伯父の字で書いた手紙だった。アパートの蛍光灯の下で手紙を読んで泣き崩れた梢の背中が目に浮かぶ。あの時、抱き起こして「親とは絶縁する」と宣言していれば梢が自分から身を引こうとすることはなかった。10年後、佳織がCGSに入校して単身赴任すると知った父親が「女が家庭を犠牲にすることは許せない」と言ったことで絶縁したのだから、やはり私は未熟=自己が確立できていなかったのだ。
「困ったなァ。貴方と買い物に出ると明日の献立がバレちゃうさァ」ハイネケンを飲み終えた私がテーブルの席に座って考えごとをしていると勉強を終えた梢が声をかけてきた。
「だったら1人で行ってこいよ。秘密の献立を楽しみにしながら待ってるから」「駄目、休日の買い物はデートを兼ねてるんだよ。キャンセルはなし」それは私も同感だ。2人で自転車に乗って出かける休日の買い物は私にとっても心浮き立つイベントなのだ。
「だったら献立はバラすから味と出来栄えだけを楽しみにして下さい」「いや、お前が作っているのを想像するのも楽しみだぞ」1日も法廷があるが、公判中に時計を見て梢や淳之介、志織、あかりと恵祥が何をしているかを想像してしまうことがある。梢と暮らすようになって私の中の緊張感が緩んでしまったのかも知れない。これは少し拙い。
ぬ・純名里沙イメージ画像
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  1. 2020/06/06(土) 13:44:01|
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