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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1941

電話が終わると淳之介はあかりと恵祥を連れて散歩に出た。普段、視覚障害者のあかりは日差しを目で認識することができないので時間で外出しているが、沖縄の夏場は日没近くにならなければ幼児の恵祥に過度な日焼けによる熱傷(やけど)を負わせてしまうかも知れない。
「今日は竜潭の池と首里城に行こう」「円覚寺の石の橋にもね」淳之介の提案にあかりがつけ加えたのはオランダで暮らしている親たちと2人が初めてキスをした思い出の地だ。
先ほどの電話で淳之介はあかりの話が終わった後、もう一度代わって那覇空港で見た旅行社の社員の混乱と醜態、、梢を絶賛していた旅行者の言葉を伝えたが、意外にも梢は「私には関係ないさ」と無反応だった。多分、新たな父との生活に沖縄での過去は持ち込みたくはないのだろう。考えてみれば離別したあかりの実父も旅行社の同僚だったはずだ。
「私と一緒だと恵祥は手を引かれっぱなしで自由に歩けないし、歩くスピードも遅いから満足できないみたい。だから貴方と一緒だと恵祥は大喜び、私も安心よ」竜潭の池の畔(ほとり)でタクシーを下りると淳之介は恵祥を自由に歩かせてあかりの手を取った。
「子供が落ちてしまいそうで心配だな」竜潭の池は車道側には鉄製パイプの柵が巡らしてあるが、池の景観を損なわないように高さや作りは控えめだ。子供が好奇心を発揮して身を乗り出して覗き込めば転落しかねない。とは言え平日でも釣りをしている人が多いので子供が危険なことをすれば注意し、転落しても救助してくれるはずだ。この竜潭の池は首里城の庭園だが、淡水魚が放流されていて尚王家の時代から庶民が釣りをすることも黙認されていたと言う。
「首里の古城の石畳 昔を偲ぶ片畔 実のれる芭蕉 熟れていた 緑葉の下 我した島沖縄」首里に来れば沖縄の県民歌「芭蕉布」の2番が出るのは条件反射だ。淳之介は本土で育ちながら父が酒を飲むと哀しげな声で口ずさんでいたのを聴いて憶えた。一方、あかりは盲学校の音楽の授業で習って家で母に披露すると合唱してくれたが、やはりその声は哀しげだった。しかし、今回は明るく元気に唄えそうだ。
「はい、もう一度。首里の古城の石畳・・・」「ルンルンルン」両親の元気な合唱に歌を知らない恵祥は鼻で唄いながら浮き浮きした足取りで歩き始めた。まだヨチヨチ歩きからの発展途上だが肩を揺らして歩いている姿はもう少しでスキップになる。釣り人たちは頑張って軽快に歩いてくる幼児を笑いながら見ていた。勿論、一番笑っているのは両親だ、
「私、石垣島に帰りたいけど恵祥と2人だけになるのが不安なの」円覚寺の放生池の石の橋の上で初めてのキスを再現した後、池の周りを探検している恵祥を呼んで歩きながらあかりが胸の中に貯めている悩みを打ち明け始めた。今は祖父母と一緒に暮らしているから恵祥に目が届かなくなることはない。家事も石垣島に戻る準備訓練として再開しているが、恵祥の行動に注意を払いながらでは手間と時間は倍以上かかる。
「家の周りも車道だから恵祥が勝手に出て行ってしまうようになると危ないな。むしろ離島で暮らした方が安全なくらいだ」淳之介としてもあかりと恵祥を呼び戻すことを前提に生活環境を再点検しているが、アパートの前の道路は大通りではないものの車両の通行が絶えることはない。近所の人たちに協力を依頼しだとしても常に監視していてもらう訳にはいかず、自宅に閉じ込めておくしかない。それでも今後、ますます知恵がつき、手先が器用になってくる恵祥が鍵を開けることを覚えてしまえばあかり1人では探すことも困難だろう。
「それで市に介護の人の派遣について確認したんだが、巡回で家事を補助するだけだから子供の育児までは責任が持てないって言うことだった」日本では自力で生活できない身体障害者は家族が介助し、それが不可能であれば専門の施設に入れることを基本原則としている。身体障害者自身が子供を育てていることは想定外なのだ。
「それで砂川さんに訊いてみたんだよ」「砂川さんかァ。オジイやオバアは元気かな」「大丈夫、雲島で葬式はないから生きてるよ」砂川直美は雲島の診療所の保険士で、あかりに島でのマッサージを勧めて島民との交流と社会人としての自信を与えてくれた。
「雲島でなら恵祥が歩き回っても車は走ってないし、ハブはいないから咬まれる心配もない。強いて言えば波止場から海に落ちることくらいだが、あそこは漁港も兼ねているからいつも人がいる。家は砂川さんが支所や島の人に訊いてくれるって言ってたよ」本当は淳之介の通勤の問題が一番の障害なのだが、それは社長に相談すれば何とかしてくれると信じている。
「やっぱり淳之介さんはお義父さんの息子ね。頭の働き方が凄いわ」あかりは母が旅立つ前、祖父母が「淳之介を那覇市内の海運会社に転職させられないか」を相談していたことは明かさなかった。やはり淳之介の「離島の人たちの生活を支える」と言う船乗りになった動機を妻として尊重したいのだ。あの時、母が返事をしなかったのも同じ理由だったのかも知れない。
し・安里あかりイメージ画像
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  1. 2020/06/10(水) 14:04:12|
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