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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1944

「モリヤ2佐の奥さんが帰って来たんだね」陸上幕僚監部の朝礼で佳織が転入幹部として紹介されると法務官室の事務室でも久しぶりに雑談が盛り上がった。後任の佐藤1尉は地方の国立大学法学部の出身だけに根っからの優等生の模範生で、「固い職業に就きたくて自衛隊の幹部候補生を受験した」と言うだけあって現在の事務室は勉強部屋のような緊張感が充満している。
おまけに法務官は定年退官し、3月の定期人事異動で1曹は元の職種である高射特科群に転出し、後任はWACで独身の2曹なので法務官室は女性が過半数になっている。このため曹長は他の部署の男子隊員たちから「ハーレム」「大奥」などと羨ましがられているが、実態は「アマゾネス」であり本人は気疲れして急に老け込んでいた。
「ところで先日、監理部の総務課長が確認に持ってきた女性のことをモリヤ1佐は知ってるんですかな」女同士の雑談になれば日頃は無愛想なニ村由美事務官も口を挟む。優等生面が鬱陶しい佐藤1尉も所詮は独身なので話題は自衛隊限定だ。弁護士としての法律の専門知識から副業の坊主の宗教論、おまけに歴史や政治にまで果てしなく話が広がり、どこまでも掘り下げていったモリヤ2佐に比べれば扱い易く、かなり手慣れてきている。
「それはオランダの防衛駐在官から2級賞詞を授与された時に立ち合っていた女性のことね。和服を着ていたから正式な出席者だろうって確認に来たんだったわよね」佐藤1尉の返事にニ村事務官と2曹はうなずいたが、曹長は耳だけを貸している。
「結局、問題になると拙いからって朝風に写真は使わなかったんでしたよね」部内紙・朝風が6月末にイージス護衛艦・あまごと漁船の衝突事故の無罪判決が確定した記事を特集すると一般紙があまり取り上げないだけに情報を渇望していた隊員から賞賛と続報を求める声が寄せられたらしい。そのため7月中旬の隔週号でモリヤ2佐に統合幕僚長から2級賞詞が授与された話題を掲載しようとしたのだが、部内紙・朝風にオランダの駐在記者がいるはずがなく特派員を出張させる予算もない。それで記念写真の提供を依頼して届いたのが和服の女性が見守る前で賞詞を受け取るモリヤ2佐の写真だった。
「それでニ村さんは岡田元事務官に確認したの」佐藤1尉としては1佐である総務課長からの照会を放置することはできず、「モリヤ2佐とは特に親密だった」と言う前任者の岡田恵子元事務官に確認するようにニ村事務官に指示していた。
「私は岡田のお婆さんはチョッと・・・それにモリヤ2佐と岡田さんは不倫関係を疑われていましたから別の女性の存在がバレると話がヤヤコシクなりそうで・・・」ニ村事務官は3月11日に発生した東北地区太平洋沖地震への災害派遣のため9月1日まで定年退官を延期していた岡田元事務官の後任として配属されてきたのだが引き継ぎの際、防衛省事務官だけでなく女性としても常識が欠落いたことで厳しく指導を受け、度々叱責されていた。それをいまだに逆恨みして根に持っているようだ。ただし、不倫関係についてはこの下卑た女性(「ブスな」でもある)の邪推に過ぎない。不倫の鐘を鳴らしているのは本人の方だ。
「岡田元事務官とモリヤ2佐が不倫ですか・・・確かに奥さまは香川県に単身赴任していたけど、10歳年上だと私と曹長の逆ですよね」「ゴホンッ」独身の2曹がWAC隊舎内の会話のような見解を述べると曹長が咳払いをした。同世代の独身女性同士で佐藤1尉と2曹の波長は合うようだが妻帯者の曹長は苦手だ。とは言えこの容姿劣悪、性格劣悪、品行劣悪と3拍子揃っている最悪の女性・ニ村事務官には近づきたくもない。最近、お茶出しを2曹に命じたのも表向きは年齢が理由だが本音はニ村事務官が触れた湯呑を使いたくないのだ。
「ニ村事務官の個人的事情は別にして私からの指示は公務だから早急に実施しなさい」「逆にモリヤ1佐に訊けば判るかも知れませんよ。結婚すると相手がやることに勘が働くようになりますから」「それで浮気がバレたんだな」変なことで熱弁を奮い始めたニ村事務官を黙らせるため曹長が冷水を浴びせた。モリヤ2佐がA日新聞に閣僚の靖国神社参拝問題の取材を受けた背景にニ村事務官の情報提供があり、その記者と不倫関係だったことを聞いた時には机を並べていた1曹と2人で「あの女を抱ける記者は凄い」「俺なら起たない」「それも取材のテクニックなのか」と並はずれた精力と記者魂に感心していた。
その頃、佳織は着任後の挨拶回りで、電話で話したことがある総務課長の牛尾1佐から2級賞詞の授与の時の写真を渡され、さりげなく梢について確認を受けた。
「この人は私設秘書です。息子の嫁の母親で非常に優秀な人だから同行をお願いしたんです」やはり顔色を変えない人妻のモリヤ1佐に牛尾1佐の背筋にエアコンの風が吹き込んだ。
「それでは別の借家に住んでいるんですね」「いいえ、同居していますよ。家政婦も兼ねていますから」結局、モリヤ2佐は妻公認の不倫相手とオランダに赴任したと言う結論になった。
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  1. 2020/06/13(土) 13:42:33|
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