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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1945

「ルテナン・カーノー(2佐)・モリヤ、グッド・イブニング・サー(こんばんは)」「グッド・モーニング・ミジップマン(海軍と海兵隊の候補生)・モリヤ」夏休みに入ったばかりの志織が電話をかけてきた。時差11時間なのでこちらの夕方の8時(オランダではまだ明るい)は向うの朝の9時だ。
「ROTC(予備士官訓練課程)の夏休みの課題の相談か」「ううん、今回は実技なの」考えてみればアメリカは9月に学年が進むので夏休みは日本の春休みのような意味もある。今回の実技訓練は次の段階へ進むための試練なのかも知れない。
「海兵隊要員と一緒に30マイル行軍訓練があるんだけど、歩兵中佐としてアドバイスをお願いします」「30マイルと言うことは48キロと280メートル30センチだから陸上自衛隊の新隊員後期課程並みだな」久しぶりに陸上自衛隊の話題で嬉しくなった。普通科連隊の演習では100キロ歩いたが、久居の共通教育中隊の新隊員前期課程では25キロだった。考えてみれば私が50キロ歩いたのは学生と班長として3回経験している防府の曹侯学生空曹候補者課程の1泊2日行進訓練だが、あちらの1日分は25キロに過ぎない。
「背嚢は何キロだ「背嚢って何」「軍隊用のリュックサックのことだよ」「スパインね。今のところ20ポンドだけどこれにコンバット・レーション(携帯食)を3食入れるの」20ポンドと言えば9キロと18グラムだからこれも陸上自衛隊の新隊員後期課程並みだ。
「コンバット・レーションよりも水筒の方が重いぞ。アメリカ軍は2本携帯するだろう」「うん、1日の摂取量は自己責任で携帯するんだって」何だか私も参加したくなってきた。富士での演習でアメリカ海兵隊と一緒になったことがあるが、野性動物のような巨体には圧倒されても持久力や戦闘技量は大したことはないと言うのが率直な所見だ。強いて言えば人を殺すことに躊躇しない残酷さが陸上自衛隊との違いだろう。
「荷物については出し入れする頻度や順番ではなく重い物を底に入れるんだよ。それも重い物は背中に密着させることだ」「そんなアドバイスを待ってたのよ。メモするわね」志織の反応を聞いて似たような会話をどこかでしたような気がしたが思い出せない。
「志織は日本人の女性だから骨格が細いだろう。背嚢の・・・」「スパインです」「スパインのストラップを掛ける両肩にはタオルを入れておいた方が良いな」「はい、荷重を和らげるのね」こんな反応よりも志織の声の方が遠い記憶を手繰り寄せてくるような気がする。
「歩いていると足が汗をかくだろう。靴下にしわが寄るとそこに肉刺(まめ)ができるから休憩の度に紐を緩めて引っ張っておくことだ」ここで記憶が甦った。前川原での80キロ山岳踏破訓練で佳織に言えなかったアドバイスだ。そこで母の苦労話を披露することにした。
「佳織はオフィサー・キャデット・スクール(士官候補生学校)の80キロ山岳踏破訓練で、初日に足に肉刺ができて2日目は何とか耐えたんだが、3日目の朝の戦闘訓練の突撃で動けなくなってしまったんだよ」「マミィはダディのアドバイスを聞かなかったのね」何となく志織が「今みたいに」「その頃から」と言い足しそうなので先に弁護した。
「ワシが別の作業に行っていてアドバイスできなかったんだ。今回、志織にできたからせめてもの罪滅ぼしだな」本当は区隊長に介助を命じられ、2人で野草を探しながら帰った甘い思い出もあるのだが、訓練の厳しさが薄れてしまいそうなので控えた。プロシアの戦争哲学者・クラウゼヴィッツ少将が定義している通り、「軍人は過酷な体験を誇示する人種」であって、「甘い思い出を語る軟弱者」ではないのだ。
「これは少し言いにくいんだけどグラマーな女性は乳当ての下着の紐も意外に気になるものらしい。それから生理中で貧血を起こしたWACもいたな」「乳当てってブラのこと。私は重さを感じないから心配ご無用、生理日じゃあないからそっちも大丈夫よ」いきなり志織の乳には膨らみがないことを告知されてしまった。佳織はセクシー・ボディなのに誰に似たのか。生理で意識を失ったのは久居の新隊員前期課程の25キロ行軍に同行した中村昌代3曹だが、あの時は背負って2キロ以上歩いた。防府での曹侯学生基礎課程のむつみ訓練でも熱射病で倒れた穴見曹侯生を背負って山を下ったこともある。ここで志織に1曲聴かせることにした。
「友を背にして道なき道を 征けば戦野は夜の雨 『すまぬ、すまぬ』を背中に聞けば 『馬鹿を言うな』とまた進む 兵の歩みの頼もしさ」これは火野葦平の体験談的小説「麦と兵隊」を映画化した時の主題歌で「徐州徐州と人馬は進む」が唄い出しなのだが、あえて2番にした。
「志織にはアメリカ人の学生を背負うことはできないだろうが、予備士官候補生として周囲に気を配る余裕は維持するように」「アイアイ・サー」返事は海軍式になったが、気分は久しぶりに陸上自衛隊に帰ってしまった。もう一度、梢と散歩に行きたくなってきた。
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  1. 2020/06/14(日) 13:18:49|
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