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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1946

翌週、志織はハワイ島のポハクロア演習場での30マイル行軍訓練に参加した。ポハクロア演習場はハワイ島の5パーセントに相当し、陸上自衛隊最大の北海道・矢臼別演習場の3倍の面積を持つ。また海抜が高いので気温が低く、ハワイでありながら将兵に寒冷地での状況を体験させられるため環太平洋合同演習・リムパックなどでも使用されている。
海兵隊の大型輸送ヘリコプターに分乗して演習場の管理地区に降り立った予備士官訓練課程(ROTC)の受講生たちは指導教官である海兵隊の下士官たちから今日の昼から明日の朝まで3食分のコンバット・レーションとMー16小銃を受け取ると4列横隊で整列し、大学での訓練で習っている要領で小銃の外観と機能の点検を実施した。
「ミジップマン・モリヤ。武器、健康、装具、異常なし。出発準備完了」前に海兵隊の下士官が立つと受講生は大声で申告する。指導教官の目は鋭く受講生たちの心を射抜くような迫力があるが、志織は演習で野性に返って戻った父を思い出して逆に懐かしかった。
「貴様は日本人だな。そんな貧弱な体で重い荷物を持って歩けるのか。途中でギブアップするならここで家に帰ってお勉強してろ」「ノー、サー(いいえ)。日本軍はイオージマ(硫黄島)でアメリカ海兵隊を敗りました。今回も負けません」志織は両親に「アン・オフィサー・アンド・ア・ジェントルマン(邦題・愛と青春の旅立ち)」のDVDを見せられたことがある。この点検と問答はその冒頭の場面の再現でもある。指導教官がルイス・ゴセット・ジュニアと同じアフリカ系なのも嬉しくなる。しかし、ここで笑うほど海兵隊員は甘くない。顔に精一杯の憎悪を浮かべると「覚悟しておけ」と言い捨てて次の聴講生の前に移動していった。
「スポーツ・ドリンクが喉にまとわりつくな」「本当だ。喉は乾いてるのに舌が拒否している」高所とは言え北緯19度から20度とフィリピンと台湾の中間に位置するハワイ島の日差しは強烈で体感気温が高い。受講生たちは脱水症状を予防するため水筒に入れてきたスポーツ・ドリンクを飲んでいるが、発汗が進んでくると独特の甘みと濃度に舌から喉が拒絶反応を示し始めた。何よりもアメリカ軍用水筒は凍結防止の保温性はあっても冷たさは維持できないため生温いスポーツ・ドリンクでは普段でも飲む気にならない。
「シオリ、お前は平気なのか」隣りで水筒の水を控え目に飲んでいる志織に同級生の男子受講生が声をかけてきた。周りの受講生たちも一斉に顔を向けた。訓練冒頭の海兵隊員を恐れぬ志織の発言を聞いて、この日本人の女子聴講生に好奇心を抱いたらしい。
「うん、薄い塩水だから気にならないよ」志織の返事に海兵隊員も顔を向けた。海兵隊員たちは担当する聴講生の個人情報を読んでおり、志織が陸上自衛官の娘であることは知っている。先ほどの返事も陸上自衛官からの挑戦と受け取っているのかも知れない。
「どうして塩水を入れてるんだ」「ダディは歩兵中佐だから行軍訓練のプロなのよ。汗をかく時は水に微量の塩を混ぜておくと血液細胞の浸透圧が維持できるからバテないって教えてくれたんだ。日本兵の知恵だって」志織の説明に受講生たちは顔を見合わせた。
「日本陸軍の歩兵は今でも徒歩訓練をやるのか」「うん、62マイル歩いて戦場に移動して、そこに陣地を作って迎え撃つのがシナリオの定番だって。それも敵に見つからないように夜間に歩くんだよ」「62マイルかァ。ハワイ島の直径に近いな。日本陸軍にはヘリやトラックがないのかな」本当は100キロなのだがアメリカ式のマイルでは端数が入ってしまう。この話をする時、父は「石油の輸入が滞って燃料が欠乏している中での戦闘」と説明していた。個人的には自転車の銀輪部隊の方が好みなのだそうだが、祖父のノザキ中佐は「元エア・フォース(=航空自衛隊)とは思えない時代感覚」と呆れている。輸送機のパイロットにとっての100キロは離陸してそのまま着陸する「頼まれれば何時でも運んでやる」程度の距離なのだ。
「サージェント、ミジップマン・スミスが倒れました」行軍訓練も海抜1000メートルを超えると酸素が希薄になり、疲労も重なって意識を失う聴講生が出始めた。志織の前を歩いているヨーロッパ系の男子受講生が突然、背嚢の重さで仰向けに倒れた。
「これは酸欠だな」志織の報告に最後尾を歩いてくる指導教官は歩調を変えることなく近づくと、白目を向いている受講生の鼻に手の甲を近づけて呼吸を確認した。
「アンビ(救急車)も満員じゃあないかな。こいつは大柄だから背負って歩くのは嫌だよ。その点、ミジップマン・モリヤなら軽そうだが」続いて頸部を指2本で触れて脈を確認すると指導教官は珍しく軽口を叩いた。「大したことはない」と判断したようだ。
「水をかければ目を覚ますだろう」そう言って下士官は自分の水筒の水を受講生の顔にかけると本当に意識を取り戻した。これは父の空曹時代の体験談にもあった処置だ。その後、父は背負って歩いたのだからこの下士官の方が運は良い。
18・USMCイメージ画像
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  1. 2020/06/15(月) 13:35:46|
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