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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

作曲&編曲家・服部克久さんの逝去を悼む

6月11日に作曲家で編曲家の服部克久さんが心不全のため83歳で亡くなったそうです。
野僧は小学生だった昭和47年頃からさだまさしさんの大ファンなので2月分の小遣いで買うレコードのジャケットは歌詞だけでなく作詞・作曲・編曲の氏名まで熟読しており(それが癖になった)、グレープ時代の名曲「フレディもしくは三教街」や「哀しきマリオネット」、個人になってからの「童話作家」「第3病棟」「夕凪」「哀しきマリオネット」、失敗映画「長江」の主題歌「生々流転」などの編曲を手掛け、NHKの完全中継コンサートにゲスト出演したことで名前と顔は知っていました。また大学時代に豊橋のデパート内のレコード店の女性店員と親しくなって強引に勧められて買った谷村新司さん「昴」も服部さんの編曲で、翌年に見た映画「連合艦隊」の主題歌「群青」と合わせてカラオケの十八番にしました(「群青」は歌詞の映画映像が目的だった)。谷村さんの歌は声域が広いため高音部が上手く唄える人は少なく、2オクターブが出る野僧が唄うと女性客から「忘れていいのよ」のデュエットをリクエストされたものです。ただし、「ガバッ」と胸に手を突っ込むアクションは相手が酔っている時限定で、そこまで行けばアパートに送って泊めてもらいました。そう言えば沖縄時代の同僚の空士と中年の小父さんたちが好きだった柏原芳江さんの「春なのに」も服部さんの編曲だったようです。最近では1994年の竹内まりやさんの「駅」も服部さんの編曲だそうです。
それにしても谷村さんの「昴」のホルンの前奏は、この曲を使っていた洋酒のCMの雄大な情景も重なって国歌にしたくらいの風格がありました(歌詞には国語として問題があるが)。逆に竹内さんの「駅」の弦楽器の前奏は雨の駅の陰鬱な空気を連想させてそのまま歌詞に入っていけました。さださんの「フレディもしくは三教街」は前半の甘い思い出と後半の哀しい結末で伴奏の曲調が変わっていて、いまだに涙なしでは聴けません。また「第3病棟」の前奏と途中の間奏とエンディングは玩具のピアノで小児病棟に入院している男の子との微笑ましい交流を描いた前半と知らないは間に男の子が極楽に往生していた哀しい結末を見事に表現していました。
服部さんは昭和11(1936)年に淡谷のり子さんの「別れのブルース(窓を開ければ 港が見える)」や高峰三枝子さんの「湖畔の宿(書いてまた消す湖畔の便り)」、笠木シズ子さんの「東京ブギウギ(東京ブギウギ リズム浮き浮き)」、藤山一郎さんの「青い山脈(若く明るい歌声に)」などの戦前戦後の洋風の軽快な一般国民の愛唱歌を作曲した服部良一さんの長男として生まれました。幼い頃から音楽の英才教育を受け、高校卒業直後からフランスのパリ高等音楽院に留学してクラシックを基礎とする合唱技法の教育を受け、帰国後は草創期のテレビ界で活躍しました。特に各種番組の主題曲を数多く作曲し、新聞の訃報記事ではTBS系のドキュメンタリー「自由の大地」と「ザ・ベストテン」を紹介していましたが野僧は見ていません。むしろフジテレビ系の「ママとあそぼう!ピンポンパン」でお世話になったかも知れません。2代目お姉さん・石毛恭子さんのファンだったので中学校に登校する前に盗み見していました。御冥福を祈ります。合掌
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  1. 2020/06/16(火) 13:19:23|
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