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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1951

休暇の期間が長いので梢の旅行計画にも余裕がある。スイスは観光立国だけにホテルの手配や現地での移動手段も整っていて、電話に出る担当者は英語だけではなく日本語でもある程度は応対してもらえるらしい。これもバブルが残した功罪の数少ない功の方かも知れない。
「貴方が行きたいのはジュネーブの国際連盟本部とブーリー市にあるアンリ・ギザン将軍のお墓だったよね」「ギザン将軍の墓地の所在地は日本で買った伝記に書いてあっただけで、地図で探してもブーリー市が見つからないんだよ。ドイツ語フランス語とイタリア語が混じっているから片仮名表記が正確と限らないな。だから無理しなくても良いよ」私の説明に梢は安堵したようにうなずいた。どうやら同じ問題を抱えていたようだ。アンリ・ギザン将軍は第2次世界大戦でスイスがナチス・ドイツとファシスト・イタリア、それにドイツによるオーストリア併合とフランス侵攻によって完全に包囲された中、武装中立を指揮して同盟国・イタリアへの交通路として支配を狙うドイツと対峙し、さらにイタリア制圧後、連合軍がドイツ進攻の経路として通行を要望したのも拒否して永世中立を体現した英雄だ。私は高校時代にフィンランドの対ソ戦とスウェーデンやスイスの武装中立の研究を始め、大学1年の時に発売された「将軍アンリ・ギザン・意思決定を貫く戦略(著者・植村英一、原書房)」を購入して熟読したのだ。残念ながらその本も防府から転属する時に紛失した段ボール箱の中に入っていた。
「スイスに行って軍人さんを見つけて訊いてみれば判るかも知れないよ。貴方は迷彩服で行くんでしょう」「うん、山を歩くには一番の服装だろう」スイスはヨーロッパの覇権を争っていたオーストリア、ドイツ、フランス、イタリアに囲まれているため中世から情報戦の舞台だった。現在も国際機関が集中しているので諜報活動は活発なはずだ。そんな国に滞在するには自衛官としての身分を明示しておいた方が間違いはない。
「そう言えば戦時には国境付近のトンネルや橋を破壊するように爆薬が設置されているそうだから見てみたいな」「それはワザワザ見に行かなくても国境付近のトンネルや橋は全てそうなってるんじゃあないの」「確かに」またもや一本取られてしまった。梢とつき合っていたのは曹侯学生から空曹時代だが、幹部になってからもこの調子では頭脳の優劣と言うよりも呼吸の押し引きの問題のようだ。そこで梢の希望を訊いてみることにした。
「お前の希望はどこだい」「私はやっぱりハイジの舞台を見たいのさァ。でもデルフリ村のモデルって言う村を探したんだけど、イエニンスとローフェルスの2つがあるみたいなの。どれもマイエンフェルトの近くの集落なんだけどね」先日の説明ではデルフリ村は実在しなくてもオーストリアとの国境付近らしいと言うことだった。アニメでは作者が現地で取材して印象に残った風景を合成すると聞くので一カ所ではないのかも知れない。
「歩き回ればハイジやペーターに会えるような気がする村なんだろう」「多分そうだね」どちらにしても架空の人物の物語なので実際に住んだ家があるはずがなく、アニメの雰囲気が味わえれば十分だ。こうなるとヨーロッパが舞台の映画やアニメの舞台巡りしてみたくなる。
「スイスはね列車での移動が最高なんだって。ホリデー・チケット(周遊券)を買えば国内は乗り放題だし、登山鉄道も半額になるみたい」「沖縄にはない山を見るはずが、沖縄にはない列車にも乗れるんだな」ここで岡本敦郎の「高原列車は行く」を唄いたくなったが歌詞が出てこなかったので最後の「高原列車はラララララ行くよ」だけを口ずさんだ。
「ところでスイスは寒いんだろう。高校の修学旅行は9月だったけど上高地じゃあ朝には息が白くなったからな」「沖縄で読んだパンフレットには夏場でも平均気温は20度以下だから山に行くには冬物を用意するようにって書いてあったわ。流石に沖縄からスイスに行く人はいなかったけど」そうなると迷彩服が重宝する。梢も今年買った冬物が活躍しそうだ。
「ホテルはそんなに高級なところじゃあないんだろう」「それなのよ。超高級からビジネスまでホテルのランクの幅が広いし、山のホテルやペンション、民家の民宿からバンガローまで選び放題みたい。キャンプ場でテントって言うのも選択肢になっているわ」私としてはホテルの食事用に冬制服も持っていくべきかを確認したのだが想定外の難問が返ってきた。若い頃なら梢と個人天幕で野営して、満天の星空を見上げながら語り合い、冷えてくれば一緒の寝袋で眠るのにも憧れたはずだが、お互い50歳を過ぎると演習につき合わせるのは遠慮したい。
「やっぱり連泊にした方が安いのかな」「必ずしもそうではないみたい。ヨーロッパの人は目的地をジックリ見るから近くのホテルを渡り歩くのが普通なんだって」一般的な日本人の旅行はガイドに引率されて説明の時間だけ立ち止まって次に移動する団体行動なので、連泊が安上がりなら日程を調整してでも戻ってくるはずだ。その点、私たちの旅行は昔からヨーロッパ式だったから現地の人と触れ合える英語が通じる民家の民宿を梯子することにした。
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  1. 2020/06/20(土) 13:47:13|
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