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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1952

オランダのアムステルダムからスイスのチューリッヒまでの列車旅行はドイツを縦断する形で8時間以上かかるため昼過ぎ発で翌朝着の特急にした。途中のフランクフルトで夜行列車に乗り換えたが個室のような作りになっている座席で一緒になったのは同世代のドイツ人の夫婦だったので気楽に過ごせる。ただし、「英語は得意ではない」と言うことで会話は弾まない。
「夜の移動だからハイジが汽車から眺めた風景は見られないわね」「日没は9時頃だからかえってリアルな旅情を満喫できるよ」車窓からは日没になった広大な平原の遠方に近代的な市街地が見えているが、ビルの窓の明りを除けばアニメの中でハイジがセバスチャンと一緒にフランクフルトからアルムへ戻る時に眺めていた風景そのものだ。それにしても我々は寝台車のベッドで眠るがハイジとセバスチャンは固い椅子に座って一夜を過ごしたはずだ。それでもアルムに帰られる歓びで尻や腰が痛くなるのも気にならなかったのだろう。
「アー ユー ジャパン アーミー(貴方は日本陸軍ですか)」トイレに行くと乗降ドアのロビーですれ違った高齢の男性に声を掛けられた。私は迷彩服を着ているが国籍を示す徽章はつけていない。「アーミー」は兎も角、「ジャパン」を察知されたのは謎だ。
「イエス、ジャパン グランド ジエータイ(はい、日本国陸上自衛隊です)」私は沖縄で勤務していた頃の日米協同演習後の交換会で親しくなったアメリカ空軍の士官に「アー ユー ジャパン エア フォース」と訊かれて「イエス」と認めたところ「日本は憲法で陸海空軍は保有できないはずだ」と突っ込まれたことがあり、外国人からのこの質問には余計な予防線を張るようになった。尤も昭和の時代には「インペリアル エア フォース(皇国空軍)」と答えて煙に巻いていたが、平成の天皇の軍隊と思われるのは嫌なので、現在はPKOや国際活動で普及し始めた「ジエータイ」を国際語にするためこちらを常用している。
「私も連邦陸軍の軍人でした。貴方の階級は」「2佐(=中佐)です」「それでは一緒ですね」私の返事を聞いて男性はニコヤカに笑いながら手を差し出したので握手した。しかし、私はトイレに向かう途中で、おそらく男性は終えたところだ。梢の命令でインスリンを摂取するようになって頻尿は改善されたが、それでも尿意を覚えたからトイレに行くのだ。
「スミマセン。トイレに行く途中でして」「それは失敬、しかし、ここで日独陸軍の士官が会えた偶然を大事にしたい。ここで待っていよう」私としては梢との2人旅を満喫しているのだが、敗戦後のドイツの軍人には聞きたいことが山ほどある。とは言えドイツの軍人の立場は沖縄の自衛隊並みだったそうなので、ドイツ人夫婦と相席になっている私たちの個室に招くのは心配がある。やはりここでの立ち話になるかも知れない。
「国際司法裁判所で次席検事を勤めていますニンジン・モリヤ2佐です」「ユルゲン・クライスト元ドイツ連邦陸軍中佐です。名札の姓を見て日本人と判りました」トイレから戻ってくると先ほどの高齢男性が待っていた。もう一度、握手をし直して自己紹介した。それにしてもクライストと言えばキリストのことであり、佛教徒の私としては心理的に半歩引いてしまう。
「クライスト中佐は何歳ですか」「私は第2次世界大戦時中の1944年の生まれです。モリヤ2佐は」「私は1961年です」西ドイツの再軍備は朝鮮戦争の勃発によって在日アメリカ軍を派遣する必要から1950年8月10日に急ごしらえされた自衛隊よりも遅い1955年なのでクライスト中佐は21歳だったことになる。
「日本のジエータイはマックアーサーの書簡一枚で創設されたので、いまだに憲法違反の汚名がつきまとうため基本法を改定して正式に創設されたドイツ連邦軍を羨む声があります」「そうでもないでしょう。ドイツ連邦軍は始めからNATO軍の一部に過ぎません。おまけに国防の最前線は警察組織の国境警備隊が守っているからジエータイよりも国民に存在を認められていないんだ。一昨年の東北の地震で活躍しているジエータイに多くの国民が心から感謝しているのを見て羨ましくなったよ」私個人としては非武装は大宝律令でも規定されている日本的精神文化の踏襲と考えているので憲法違反と言う批判は特に気にしていないが、幹部の中にはこの羨望論を口にする者がいるのは事実だ。自衛隊でも今回の加倍政権の復活で憲法改定への期待する声が湧き起こっているのかも知れない。当然、私は必要性を認めていない。
「そう言えば1977年10月18日にハイジャックされたルフトハンザ機に突入して解決したGSG9も国境警備隊の特殊部隊でしたよね」「東西冷戦が終結すればEUの中央にある我が国に軍隊は必要ないのかも知れないな。治安維持と国境警備の警察力の強化で十分だよ」意外な話の展開に興味は尽きないが乗務員による寝台の設置が始まったので席に戻ることにした。席の番号を聞いたので続きは明日にする。梢への土産話にするには少し悩んでしまう話題だったが勉強になったのは間違いない。
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  1. 2020/06/21(日) 14:11:37|
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