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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1954

永世中立国のスイスは第2次世界大戦中に連合軍機に誤爆された以外は戦火に晒されていないためチューリッヒは争乱や災害、大火で何度も灰燼に帰している京都よりも古都としての風景を留めている。それでもチューリッヒはスイス最大の都市とは言えリマト川沿いとシューリッヒ湖の岸辺に市街地があるだけの東西南北15キロ前後の小さな町だ。
「モリヤ2佐は佛教の僧侶だそうですが、キリスト教の聖堂に入っても良いんですか」駅前からのタクシーでは後席にクライスト中佐夫妻と梢、助手席に私が座ったが、運転手に行き先を指定する前に夫人が確認してきた。やはり敬虔なクリスチャンは訪問した土地では最初に聖堂で礼拝するようだ。これは日本で来客が最初に佛檀に参る作法に通じる。
「信仰とは別に礼儀として挨拶するのは問題ありません。皆さんが京都や奈良で佛教の寺院を見学するのと同じ感覚で入らせてもらいましょう」「それではグロスミュンスターへ行きます。あそこはツヴィングリの教会なんですよ」私は長年にわたりキリスト教についても研究してきたがフルドリッヒ・ツヴィングリはマルチン・ルターと同時期に宗教改革の口火を切ったスイスの聖職者で対カソリック戦争の指揮官だったはずだ。スイスは現在も反体制的な主張を繰り広げているカルヴァン派(日本キリスト教会も加盟している)の創始者でフランス人のジャン・カルヴァンも活動拠点にしているから危ない過激キリスト教団の巣窟なのかも知れない。
聖堂参りの後はクライスト中佐夫妻の案内でチューリッヒ中央駅に隣接するスイス国立博物館から現代作家のコレクションが充実していたチューリッヒ美術館、短いケーブル・カーで昇るアインシュタインの出身大学であるヨーロッパ屈指の名門・チューリッヒ連邦工科大学を見学して、駅前の商店街にある古びた建物マイセン・ギルド・ハウスのレストランに入った。ここは中世の同業者組合の集会所だったそうだが、レストランとしては灯りが暗く、窓も小さく、料理と歴史を一緒に味わう店のようだ。ちなみにスイスの料理は言語と同じ隣国の影響を色濃く受けているが、地形や気候で作物が限定されるため独自に発展させたと言われている。
「中佐は戦車大隊長だったんですか」席に着いて注文を終えたところで文化施設の見学中は控えていた軍事談議を持ちかけた。それでも雑談の中で戦車乗りだったことは聞いている。
「プロシア騎兵の名残のような兵科だね」ここでもクライスト中佐は自虐的に謙遜した。しかし、私から見ればドイツ陸軍の戦車大隊は第1次世界大戦において世界初の戦車を登場させ、ナチス・ドイツ陸軍はソ連軍と並ぶ現代戦車戦術の本家であり、何よりも日本がライフル式の105ミリ戦車砲で単板装甲の74式戦車を導入した5年後に120ミリ滑空砲で複合装甲のレオパルト2を装備した世界最高峰の機甲部隊のはずだ。
「それでもレオパルト2は素晴らしいじゃあないですか。日本が120ミリ滑空砲の戦車を導入したのは1990年になってからですよ」「確かにレオパルト2は我が国の誇りだ。しかし、今となっては輸出商品に過ぎないよ」ドイツの傑作戦車・レオパルト2は東西冷戦期には1800両以上が生産されたが、ドイツ統一が実現して冷戦構造が終結してからは武器輸出が解禁されたこともあり、中古商品としてNATO軍加盟各国とスウェーデンなどに売却され、ドイツには225両しか残っておらず、新型戦車の開発も行われていない。
「ヨーロッパでは東西冷戦が終結した以上、軍縮は当然の選択かも知れませんが日本はロシアと中国と言う危険な軍事大国に直接対峙している上、対岸の北朝鮮は中国の代役として核兵器と弾道ミサイルの開発に躍起になっていますから本来は軍縮とは逆に軍備増強を進めなければならないのです。ところが日本のマスコミはヨーロッパ限定の軍縮を世界的潮流であるかのように報道して世論を誘導している。おかげで自衛隊は多忙なのに組織は削減、人員は圧縮される羽目になっています」クライスト中佐が退役したのは東西冷戦が終結して10年間の軍縮の気運が最高潮に達していた時期だから愛車だったレオパルト2が外国に売られるのを無念の思いで見送っていたはずだ。しかし、それが世界的潮流ではないことをあえて説明した。
「否、NATO軍もロシアが軍事力の増強を再開すれば前線を東にずらして対峙しなければならない。アメリカのブッシュ政権が破壊した中東の秩序を保つための軍事行動も必ず求められるようになる。ヨーロッパのマスコミも軍縮を主張しているが、現実はそんなに甘くない」結局、食事中も私とクライスト中佐は軍隊談議になり、料理を味わいながら談笑している梢と夫人とは話題も雰囲気も全く噛み合わない会食になってしまった。それでも夫人は「夫があんなに熱弁を揮うのを見たのは久しぶりよ」と喜んでいたそうなので迷惑ではなかったようだ。
午後からは郊外の動物園と植物園まで完全制覇した。やはりクライスト中佐夫妻も私たちのオランダ滞在が長くなることを聞いて「今回は下調べ」と考えて案内してくれたのだろう。夕食前に中央駅前で別れ、夫妻はホテル、私たちは民家民宿に向かった。
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  1. 2020/06/23(火) 13:41:44|
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