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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1955

2日目はレマン湖沿いにローザンヌからジュネーブ、シヨン古城への列車旅行だ。レマン湖は琵琶湖よりもやや小さい三日月形の湖でローザンヌが中央部北岸、ジュネーブはそこから60キロのフランスとイタリアの国境が迫る西岸、シヨン古城は逆方向に30キロの東岸にある。今夜の宿泊は東岸のコー村なのでレマン湖周遊だ。クライスト中佐夫妻はチューリッヒ湖の遊覧船観光を勧めていたが、レマン湖の方が大きいので楽しみは今日に延ばした。
最初に国産連盟本部だったパレ・デ・ナシオンに行った。全面ガラス張りの高層ビルの国際連合本部とは違い広大な敷地に建つ宮殿のような風格があるこの建物は現在、国際連合でも旧ソ連や中国に牛耳られてアメリカと対立している人権高等弁務官事務所や世界保健機関、国際労働機関や国際教育局(ユニセフの下部組織)などのジュネーブ事務局になっている。
「ここが5000円札の新渡戸稲造さんが活躍した国際連盟本部だったんだよね」一般人も見学できる建物のロビーに入って唐突に梢が妙な思い出話を口にした。大理石の板を敷いた床に新渡戸の足跡が残っていたのだろうか。
「よく憶えてるな。国際連盟創設期の事務次長だったんだ」昭和59年にお札が孝明天皇暗殺犯の岩倉具視と元テロリストの伊藤俊輔、厩戸皇子が2種類から明治の文化人3人に全面変更になった時、梢が知らなかった新渡戸稲造について説明したことがある。
「高校生の時、お祖父さんから新渡戸が書いた『武士道』を読めって言われたんだよね」「うん、それで『自分の落ち度は自分で裁く』って言う日本の武士の倫理観を学んだんだ」「『罪』じゃあなくて『落ち度』って言うところが武士らしいし、貴方もそれを受け継いでるよ」梢は敬意を込めて評価してくれたが、逆にそれは「法律に違反していなければ責任を問われない」と言う法曹界の常識に染まり切れない原因にもなっている。
「新渡戸は国際連盟の規約に『人種差別撤廃』を盛り込むように尽力して過半数の賛同を得たんだが議長のアメリカ大統領の一存で却下されたんだ。それからエスペラントを国際連盟の作業言語にしようとしたんだが、フランスに反対されたんだってさ」「ふーん、そんなに偉い人だったのに本土でもあまり知られていなかったんでしょう」この知識は防府に転属して有り余る時間を使っての自主学習で仕入れたので梢には話していない。そこであまり気が進まない防府時代の経験を補足することにした。
「防府に転属してからの演習で三沢に行った時、盛岡の新渡戸の生家跡の銅像を見て来たよ。敷地しかなかったけど立派な武家屋敷だったみたいだな」「武家屋敷かァ。ヨーロッパの騎士の屋敷とは違うんでしょう」「ヨーロッパの騎士は領地で農園を経営していることが多いから屋敷も大きな邸宅だけど、日本の武士は俸禄で雇われているだけだからそこまでいかないな」話が反れたが疑問には可能な限り答えるのが私たちの作法だ。私の説明に梢は納得した。
「ジュネーブ条約って貴方が裁判で使っている武力紛争関係法のことよね」「の中心的国際法なのは間違いないが、それだけじゃあないぞ」この質問には国際刑事裁判所の次席検察官である私としては大学の講義並みの解説をしなければならない。とは言え梢には日常生活の中で専門知識を聞かせているのであらためて話すような題材はない。
「ジュネーブ条約は1864年に制定された赤十字条約が始まりだから、1868年の戊辰戦争の時点では存在していたんだな。あの戦争で薩長土肥が関東から東北で犯した非人道的な行為を欧米が批判したのもそれが根拠だったんだ。その後も大きな戦争を経験するたびに改訂されて、現在は第2次世界大戦後の1949年8月12日に制定された『戦地にある傷者及び病者の状態の改善に関する』第1条約と『海上にある軍隊の傷者、病者及び遭難者の状態の改善に関する』第2条約、『捕虜の待遇に関する』第3条約、それに『戦時における文民の保護に関する』第4条約の4つがあるんだ。これに1977年に2つ、2005年に1つの追加議定書が制定されているが、この議定書は軍隊の正当な戦闘行為を阻害する内容が多くて批准はあまり進んでいないよ。『文化財を保護するため砲弾などで損害を受けることが予想される場所に陣地を作ってはならない』て言われたら航空自衛隊の奈良基地なんて前方後円墳3つに囲まれているから違法な陣地になってしまう。ついでに言えば正当な戦争は我が家があるオランダのスフラーフェン・ハーグで1899年に制定された『陸戦の法規慣例に関する条約』が根拠だな」ここまでスラスラと知識が出てきたのは日頃から仕事で使っている商売道具だからなのは言うまでもない。しかし、梢も半分以上は知っているのではないか。
「あッ、噴水だ・・・」パレ・デ・シオンを出てレマン湖畔の遊歩道を歩き始めると正面に巨大な水柱が上がった。これがジュネーブ名物の大噴水だ。水柱は高さ140メートルまで上がり、風下で見ていると傘を差していてもずぶ濡れになるらしい。ここは2キロあるから安心だ。
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