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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1957

昨日は時間が中途半端になった上、ツェルマットは歩いて10分で回れるほど小さな町なので、ホテルに荷物を預けると日没が9時前なのを確認してから出かけることにした。町の東側の山際の駅から地下を走るケーブル・カーのスネガ・エクスプレスでスネガへ登り、そこからロープウェイに乗り継いでプラウヘルトへ行った。昔はスネガまでスキー場にあるようなチェアー・リフトだったそうだが、山の天候の急変や高所恐怖症の観光客に配慮して建設したらしい。
プラウヘルト駅からはハイキング・コースに従っての軽登山気分を満喫しながら絶景の湖に映る「逆さマッターホルン」を眺めた。正直言って本栖湖の「逆さ富士」よりもはるかに神秘的だったが、そう感じるのも愛国心の欠如なのだろうか。
さらにスイスの最高峰4634メートルの夏場は巨大な岩の塊りであるモンテ・ローザを間近から眺めたが、それにしても梢は登山初経験の癖にいきなり海抜2580メートルでロスト・バージンさせてしまった。2580メートルと言えば長野と群馬の県境の暴れ火山・浅間山よりも12メートル高い。それにしても高山病にならなかったのは幸いだった。
「私、日本の山を飛び越してアルプスに登ちゃったけど、神さまに怒られないかな」今日はシェルマット駅からシェヴァルツゼーへのロープウェイにしたが、グン・ブランシュの白い牙のような絶壁が迫ってくると梢は少し怯えたように訊いてきた。
「連れてきたのが坊主だから佛さんが護ってくれるよ。今日だって天気は最高じゃあないか」ロープウェイの窓からはマッターホルンの巨大な岩塊の向こうに藍色に近い快晴の空が広がっているのが見える。昨夜泊ったのは日本で言えば旅籠のような古びたホテルで、番頭に当たる副支配人が色々なアドバイスをしてくれた。マッターホルンに行くのも最近は定番になっている8人乗りの高速ケーブル「マッターホルン・エクスプレス」や一般的なゴールナーグラードへの登山列車よりもロープウェイでシェヴァルツゼーに行った方がマッターホルンの偉大さを実感できると強く勧めたのだ。シェルマットでは日本の歓楽街のようにホテルの前で番頭が客引きをしていたが、梢がオランダから予約を入れたこのホテルは正解だった。ただし、番頭が登る前に見るように命じた有料のマッターホルン博物館では1865年7月15日にイギリス人のエドワード・ウィンパーと一緒に初登頂に成功した7人のうち下山中に滑落して死亡した4人の遺品が展示されていたため厳粛に勤経してきた。
「凄いなァ、誰かが意志を持って創ったとしか思えないわ」シェヴァルツゼー駅で下りると今度もハイキング・コースに従って歩き、地名の由来になっている黒い湖(水が濁っているのではなく深さで光が届かない)を見た。続いて高台に上がると目の前にまさしく「偉大な」マッターホルンが直立していた。梢は圧倒されたように黙っていたが、我に返って感激を口にした。日本の登山愛好者の間では穂高連峰の槍ヶ岳を「日本のマッターホルン」と呼んでいるらしいが規模が違い過ぎる。むしろこの形状からマッターホルンを「スイスの槍ヶ岳」「アルプスの剱岳」と呼んだ方が適切なような気がする。番頭の説明では「マッタ―」は牧草地、「ホルン」は山頂を意味するドイツ語と言うことだ。
「ねェ、この山で死んだ人たちの鎮魂に『いつかある日』を唄おうよ。私も一緒に唄うから」梢の言葉に私もうなずいた。この歌はフランスの登山家で1951年6月29日にヒマラヤのナンダ・ヂビィで遭難死したロジェ・デュブラの遺書を元に作られた登山家の愛唱歌で、私は修学旅行前の数学の授業で夏休みにヒマラヤへ行くような登山家の教師から習った。
「いつかある日、山で死んだら 古い山の友よ、伝えてくれ 母親には安らかだったと 男らしく死んだと父親には 伝えてくれ愛しい妻に 俺が還らなくとも生きて行けと・・・」この歌は私たちの間では「自衛官の覚悟」を示す遺歌になっていたが、梢も心に歌碑を刻んでいたようだ。唄い終ると山頂からの冷たい風が草原を吹き抜け、葉が拍手のような音を立てた。
「これはエーデルワイスじゃないの」冷たい風にうつむいた梢は近くの岩の陰に群れのように咲いている白い花を見つけて歩み寄った。エーデルワイスは映画「サウンド・オブ・ミュージック」で見ただけだが、華麗で愛らしく白く清らかな姿は鮮明に焼きついている。
「摘んでも枯らしてしまうだけだから・・・」梢は草に膝をついて顔を近づけると匂いを嗅ぎながら呟いた。おそらくあかりにも花の香りを伝えたいと思ったのだろう。
「エーデルワイス エーデルワイス エブリィ モーニング ユー グリート ミー スモール アンド ホワイト クリーン アンド ブライト ユー ルック ハッピー トゥ ミート ミー・・・」この歌も最後の歌詞「ブレス マイ ホームランド フォーエバー(我が祖国を永遠に守ってくれ)」が好きで愛唱歌にしていたが、梢とエーデルワイスの対面が実現するとは思っていなかった。立ち上がった梢を抱き締めると涙がこぼれてきた。
マッターホルンツェルマットからのマッターホルン
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  1. 2020/06/26(金) 13:10:19|
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