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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1958

最終の宿はバートラガーツの温泉の民宿だった。バートラガーツの温泉はオーストリアとの国境に近いブフェファース修道院が管理するタミナ渓谷から湧き、巡礼者たちが旅の疲れを癒したことで評判になり、名湯としてヨーロッパ中に広まった。今では日本各地の温泉地のように湯源からの配管で地域内に供給されているため民家の民宿でも満喫することができる。
「考えてみればお前は温泉に入るのも初めてだろう]「うん、沖縄には温泉なんてないもの」夫婦と言うことで一緒に入浴することを許された私たちはヨーロッパでは珍しい湯船につかりながらのどかな会話を楽しんだ。ホテルの浴室では水着を着けなければならないが、ここでは裸で良い。おかげで普段から一緒にシャワーを浴びている私たちの生活の形を再現できた。
「あかりたちは船岡に行った時、茶山さんに近くの温泉に連れてもらったんだって」「山も蔵王山に登ったんだろう。同じ初体験をお前はスイスでやっちゃったんだな」「うん、勝っちゃったのかな」山形県人の血統を誇りとしている私としては蔵王山と月山、鳥海山は別格の山なのだが一般的にはアルプスと日本の山では知名度や海抜、難易度や距離感は比較にならない。ただし、ヨーロッパ在住の私たちは列車できたので交通費はそれほどかかっていない。
「湯船に浸かるのなんて久しぶり」「ワシも東京では1人暮らしだったからシャワーだったよ」あの頃の梢のアパートは沖縄式だったのでシャワーしかなかったが、首里のマンションの浴室には湯船がある。おそらく恵祥が生まれてから風呂に入れたのだろう。
「モリヤさんは日本陸軍の軍人なんですか」夕食は家族との会食だった。私たちと同年代の主人は入浴後も迷彩服を着ている私にドイツ・ビールのジョッキを手渡しながら質問してきた。海外では相手のグラスにビールを注ぐ習慣はあまりないのだ。ここでは私と主人がビールのジョッキ、梢と夫人がワインのグラスで乾杯をした。
「スイスは国民皆兵だから貴方も軍人なんでしょう」「はい、歩兵大尉の山岳中隊長です」「つまりエーデルワイスですね」軽くビールを口にすると早々に軍隊談議が始まった。私もスイス陸軍の山岳歩兵の徽章が丸い台座にエーデルワイスの花を刺繍したデザインなのを知っていた。
「私も普通科(歩兵)の中隊長でしたが、現在は法務幹部で警務官(憲兵)の2佐です」「だから国際刑事裁判所に派遣されているのですね」やはり軍人同士は業界の話題が通じる。私が嬉しくなってジョッキを掲げると、主人は姿勢を正して乾杯に応じた。
「スイスでは武器を自宅で保管しているんじゃあないですか」「はい、最近は盗難や紛失が頻発しているため地域によっては村役場や公民館、郵便局などで一括保管するようになっていますが、私は士官なので拳銃と小銃を自宅で保管しています」こうなれば見せてもらわない訳にはいかない。主人もそれを察して席を立つと寝室に取りに行った。
「これがSG550小銃、こちらはP220拳銃です」主人が両手に持って戻ってきた拳銃を見て私は唖然としてしまった。それは自衛隊も採用しているP220で、小銃も89式小銃に酷似している。考えてみればP220のSIG社はスイスの銃器メーカーなのだ。
「我が陸上自衛隊でもザビエル社のP220拳銃を使用しています」私としては現場で定着しているP220の悪評を口にすることはできないので次の話題を補足した。
「それから陸上自衛隊ではL90と呼んでいたエリコン社の35ミリ対空機関砲も導入していましたよ。1969年に採用して2009年に最終射撃を実施するまで40年間も日本の空を守ってくれました」「そんなに長く愛用してくれたとはスイス人として感激です。それも日本の軍人の整備能力が高いからなんでしょう」「はい、装備品が長持ちし過ぎてアメリカ軍からは実際に展示品を使っている博物館と呼ばれています」私が紹介した実話を夫婦はジョークと思ったようで顔を見合わせて声を上げて笑った。
「こちらのSG550は陸上自衛隊の89式小銃よりも長くて重いですね。やはり銃身長が長いのでしょう」「はい、銃身長は518ミリです。スイス軍は山岳地帯での狙撃戦を重視しているので命中精度が採用の絶対条件なんです」「89式の銃身長は420ミリです。軽量化を優先しましたから」軍人の会話では相互の情報を交換するのが作法なので、相手が漏らした内容には応えなければならない。それにしてもSG550は外見こそ酷似していても持たせてもらうと全長は1メートルあり、重量も4キロ程度と64式小銃並みだった。
「安全装置の形状はロシアのAK74に近いですね」「やはり本職の軍人は違いますね。確かに外観はアメリカやヨーロッパの小銃を参考にしましたが内部構造はロシアのAK47方式を採用しています」イスラエル軍のガリル小銃もAK74を模倣している。軍用小銃の信頼性ではソ連軍はアメリカを凌駕しているようだ。この軍事談議でアンリ・ギザン将軍の墓参をしていないことを思い出したが、ここは西の端なのでフランス語地区とは逆方向だ。
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  1. 2020/06/27(土) 13:22:13|
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