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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1963

「やっぱりダディは歩兵中佐だね。私、心から尊敬しているわ」今年は久しぶりに夏季休暇が十分取れたので佳織はユックリ骨休みするつもりでハワイに帰省した。夕食を囲んで両親と佳織、志織の一家で再会と歓迎の乾杯をすませると、美味しそうにビールを口にした志織が父の軍人としての実力を誇らしげに語り始めた。
「また何か入れ知恵されたのね」「入れ知恵と言うよりもパーフェクトなアドバイスを与えてもらったの。おかげでアメリカ海兵隊の軍曹たちにも負けないで訓練をやり遂げたわ」最近、志織は大学の予備士官訓練課程(ROTC)についての相談はオランダの父に電話して母は無視している。そのため佳織は夏休みに行われた訓練については何も知らなかった。佳織自身は留学していたアメリカの大学でROTCを受講していなかったので予備知識はない。
「志織は夏休に入って間もなくハワイ島のポハクロア演習場で30マイル行軍訓練に参加してきたんだ。行きは海抜1500メートルまで登山、雲の上に野営して帰りは一気に下りの急行軍、男子学生でも倒れる者がいる厳しい訓練だが志織はミジップマン(候補生)として立派にやり遂げたんだ」「ううん、半分以上はダディのアドバイスのおかげよ」祖父の賞賛に志織は肩をすくめて苦笑した。微笑んで見ている祖父母の表情からそれが謙遜ではなく本気でそう思っていることが判った。
「あの人は普通科中隊長のプロだから予備士官訓練課程の30マイル行軍のアドバイスくらいはお手の物なのよ。そんなに感心することはないわ」最近の佳織はモリヤを誉められると無意識に否定してしまうようになっている。以前であれば妻として誇らしく感じ、誉めた人と一緒に尊敬したはずだが、今では見下して批判しなければ気持ちが収まらないのだ。
「マミィには判らないわ。ダディは頭で勉強した理屈だけのマミィと違って軍事行動の本質を体得しているのよ。ダディがアフリカで戦った時だって武人の魂が反応して目の前の敵を殺した。そうして味方を守ったのよ。マミィだったら『命令から逸脱しないか』『規則に違反しないか』『武器は何にしようか』『どこで射とうか』『何発撃とうか』『警告射撃は必要ないか』『致命傷にならないように足を射たなきゃ』何て考えている間に敵に見つかって殺されたはずよ。オランダ軍の軍人と一緒に全滅ね」「貴女にあの事件のことが判っているの・・・」佳織は自分も詳しくは知らない北キボールPKOでの暴徒殺害事件でのモリヤの行動を志織に持ち出されて言葉に詰まってしまった。志織がオランダに電話して訊き出したことは想像に難くないが、3人の若者の生命を奪い、日本では殺人犯として刑事被告人になった事件を娘に誇らしげに語った夫の無神経さは母として許せず、それを武功として尊敬している志織がアメリカ軍に染められていることに日本人として危ういものを感じた。
「ダディはあまり話したがらなかったけどROTCの始まりの頃、軍人が任務遂行で人命を奪うことの可否をテーマにした討論があったから私が質問責めにしたのよ。だってグラダディ(祖父)は輸送機のパイロットだから敵と戦ったことがないじゃない」「着陸する時、敵に対空機関砲を射たれたことはあるぞ」志織に説明にノザキ中佐はビールを飲んでから反論した。ノザキ中佐が輸送機で戦場を飛行していたのはベトナム戦争なので携帯式地対空ミサイルは実用化されていなかった。おそらく飛行場の周辺に潜伏していた北ベトナム軍ゲリラが自動小銃か機関銃を発砲したのだろう。それでも燃料タンクや操縦席に命中すれば炎上・墜落する危険性は十分にある。しかし、敵は殺害していない。
「マミィはダディがコートジボワールに行ったのは知ってるの」「コートジボワールはアフリカの国でしょう」「2011年まで内戦が続いていたからモリヤ2佐は検察官として現地調査に行ったらしい」ノザキ中佐の補足説明でようやく佳織は日本での散発的で断片的な新聞記事を思い出した。それも志織には教えていながら自分は知らせられていない。佳織は自分の妻と言う立場にビールよりも強い苦みを感じてしまった。
「そうか、お前は聞かされていないんだな」「だってダディには梢さんがいるんだもん、批判的にか受け取らないワイフに知らせる必要なんてないわ。ダディは梢さんになら『辛い』『苦しい』『怖い』『死にたくない』って弱気な本心だって打ち明けられるはずよ。梢さんはそんなダディの全てを受け止めて一緒に泣いて笑って苦しんでくれるの。だから今のダディはとっても元気だよ」ノザキ中佐が佳織の反応を見て短く声をかけると志織が責めるように話を続けた。実は志織は父がコートジボワールに行っている間、毎日のようにオランダに電話をかけて梢と話をしていた。そこで志織が感じたのは梢が父と一心同体になっている強固な絆だった。父は母と志織がアメリカに留学していた時に北キボールPKOへ行っていたが、真剣に無事を祈ってはいてもどこか冷めた距離感があった母とは次元が違うものだ。
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  1. 2020/07/02(木) 13:32:12|
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