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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1964

「お前は佳織があんな風になってしまった原因をどう考えている」車の中でノザキ中佐は助手席の志織に質問してきた。孫娘と本音を語り合うのにこれ以上の場所はない。志織は前を向いたまま黙っていたが、大きく息を吸って口を開いた。
「私は子供だったけど、今になってあの頃のマミィの言動を思い出しながら色々考えることがあるんだよ」「お前の記憶力なら大人の視点で再評価することは可能だろうな」ノザキ中佐も志織が父親から受け継いだ記憶力には驚嘆することが多い。日常生活の中の何気ない発言を数年後に教訓としてきたことを告白されて自分の迂闊さを反省することも珍しくないのだ。
「マミィは日本のCGSが終わってから私を横田のアメリカン・スクールに入れたけど、陸上自衛隊のエリートたちや外国軍の派遣留学生と2年間勉強してきて日本の教育の限界を痛感したみたい。だから私をマミィと同じようにアメリカに留学させるための準備として呼んだのよ。そこにアメリカ陸軍のCGSに留学する話が来たから迷わず受けたのね」「それは自分のためでもあったんだな」ノザキ中佐の見解に志織はうなずいた。佳織も妻として夫との別居生活が長期化することに抵抗がなかった訳ではないが野心の方が勝り、同期・同僚・夫婦として佳織の将来性を優先していた夫も賛同した以上迷いはなかった。
「マミィは何時も『ダディの支えがあるから私も頑張れる』って言ってたけど、あの頃のダディの仕事だった新兵教育には関心を示さなかったわ。今思えばダディはマミィをCGSに入校させるために歩兵士官としての将来性を犠牲にしたのにマミィは仕事のレベルだけで優劣をつけていたみたい」「感謝はしても敬意は抱かなくなったと言うことか」ノザキ中佐はアメリカ空軍の指揮幕僚課程=CS課程には入校していないが、修了してエリート・コース=上昇気流に乗った同僚たちが微妙に変質していく姿は間近で見てきた。技術者集団の空軍には「技量」と言う揺るがし難い評価基準があるのでCS出身の意義はそれ程でもないが、陸軍ではエリート・コースに乗ることが将来の決定なのは軍人同士の雑話の中で聞いている。
「つまり佳織は自分の方が上官になった時点から夫を見下すようになったのか」ノザキ中佐が真珠湾攻撃の日に催されたハワイの戦没者慰霊式典で太平洋軍司令部の連絡官として赴任してきた佳織と再会した頃、夫婦は2人とも2佐だったが、夫は司法試験に合格した法務幹部としての特例昇任で、それまでは1尉だったと聞いている。同期でありながらCGSを出た2佐の妻と閑職に甘んじている1尉の夫では普通の士官夫婦でも隙間風が吹き始めるかも知れない。
「それは違うよ。マミィはダディが2佐になったことで意識が変わってしまったみたい」想定外の返事を聞いてノザキ中佐が一瞬だけ顔を助手席に向けると志織も真顔で見返していた。
「ダディが1尉だった頃のマミィは『こんな有能な人材を埋もれさせている陸上自衛隊の人事は間違っている』って怒っていたの。その原因を作った淳ちゃんを産んだ女性を憎んでもいたわ。だから自分がダディの分も活躍するんだって気合を入れていたんだよ」幹部候補生学校を修了する直前に自衛隊の服務規則を無視した軽率な行動でモリヤに服務事故の失点をつけて序列を大幅に後退させた美恵子を憎悪するのは当然としても、気合を入れて走り出したついでに置き去りにされた夫の職務も振り返らなくなってしまうのは佳織のアメリカ人的なところだ。
「だからダディが2佐になった時には本当に喜んで、珍しく自信を持たないダディを懸命に励ましていたことはダディからも聞いているわ。ところがダディの仕事は弁護士と言う専門職だからマミィには理解できない。何だか立場が逆転したような気分になったらしいの」「だから距離を置くようになったんだな」ノザキ中佐の言葉に志織もうなずいたが前を向いているので見てない。本当はアメリカのCGSから戻り、陸上幕僚監部で一緒に勤務していた頃、生活を共にして抱き締められながら眠っていた佳織には対抗意識など微塵もなかった。しかし、再び志織を連れてハワイに赴任すると国際情勢が緊迫し、その渦中で職務を遂行することになり、それがある意味で屈折した自信と優越感を芽生えさせたのではないか。そんな母の変質を感じていたことも志織がハワイに残ることを希望した理由の1つだった。
「どうすれば元の夫婦に戻れるのかな」「マミィはダディに抱き締められて眠ると本当に幸せそうな顔になるんだよ。だからダディを追いかけてオランダに行けば好いんだけど、マミィはそれを拒否しているみたい。今はダディもマミィを必要としてないわ」独り言のような質問に志織が出した結論でノザキ中佐は佳織を産んだ前妻・典子との生活を思い出した。ベトナムでの過酷な任務の合間に帰宅しても典子は不機嫌な顔で不平不満を並べ立てるだけだった。佳織はその母からの遺伝子が起こす精神作用を自己完結しているように思われた。モリヤが優位に立って家庭を作っていれば佳織も「妻」と言う立場を学んだはずだが、それを階級が妨げていた。
ん9・モリヤ佳織イメージ画像
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  1. 2020/07/04(土) 13:52:20|
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