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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1965

時間に余裕がある佳織は久しぶりにアメリカ太平洋軍司令部を訪ねてみた。あれから5年が経過しているが、アメリカ陸軍CGSの同期で入校中にイラク戦線で夫を亡くしたマーガレット・ライアン大佐は勤務していて今でもメールで連絡を取り合っている。
「カーノー(大佐)・ライアン、久しぶり」「カーノー(1佐)・モリヤ、元気そうね」この日のために持ってきた第3種夏服を着て入室した佳織をライアン大佐は陸上幕僚監部の課長よりも立派な机の向こうで立ち上がって出迎えた。机越しに握手すると机の上には志織と同じ年の娘と亡き夫の写真が並べてあるのが目に入った。
「レニーは綺麗になったわね」「今は東部の大学に入っているけど、夏休み中も講座を一杯取っているから帰れないんですって。貴女の志織は」「ハワイ大学に通ってるわ・・・」ライアン大佐は娘の勉強家振りを自慢したが、佳織は何故かそれを投げ返せなかった。佳織にとって今の志織は遅れた反抗期のような態度を取り、アメリカ軍に精通している自分を無視して自衛隊から出たことがない夫を信頼している母親不孝な娘になっている。
「それでハズ(=夫)はオランダの国際刑事裁判所で法務士官として勤務しているのね」「うん、そうみたいね」メールでライアン大佐も夫の転属は知っているが、佳織自身が詳細な職務内容を聞かされていない。夫はオランダに赴任してから何度か連絡してきたが、毎回地元名士との会合中だったためスマート・ホンの着信を切っていて出なかった。すると頻度が下がり、年を越した頃には途絶えてしまった。オランダと日本の8時間の時差を考えると向こうが朝から昼ならこちらは夕方から夜になるが、佳織にとっては会合も公的業務であって私用電話に対応することはできない。それを理解しない夫が間違っていると納得していた。
「これは同期としての率直な見解だけど、佳織は何だか雰囲気が変わったわね」ソファーを勧められて向かい合って座るとライアン大佐は少し厳しい目をして言葉をかけた。そこに若いアフリカ系男子の上等兵が氷を浮かべたトロピカル・ジュースが入ったグラスを持ってきた。佳織が連絡官だった頃には自分の来客に日本式の甘いアイス・コーヒーを出させていたが、確かに夏場には嬉しい配慮ではある。
「男子の兵士に来客の接遇をさせているのね」「最近は男女の対等処遇、人種差別の撤廃を実践していることを明示するために今までの常識に反する部署に被差別者を配置するようになっているの。だからヨーロッパ系の金髪のWACが担当していた来客に対する接遇を男子の、それもアフリカ系の兵士にさせているわ。私が女性だから若い男子にしたって訳じゃあないのよ」ライアン大佐は苦笑しながら説明したが、佳織もアメリカのマスコミの報道姿勢が逆転したことを2度の留学で実感していた。大学時代のマスコミは問題を指摘して詳細に報じても是非の判断は読者・視聴者の権利と責任と言う態度だった。ところがCGSで留学した頃にはインターネットの普及によって素人が身近な問題を指摘するようになり、マスコミはその検証と評価を担当するようになっていた。しかし、社会的弱者を名乗る人間たちがアメリカで問題視するのは人種や性別、出身階層や貧富などによる差別であり、そんな個人の不平不満、愚痴に等しい少数意見をマスコミはアメリカ社会に蔓延する病巣として粗探しに励んでいる。
「日本でも似たようなことが起こっているけど逆に女性が無能なのを自己申告しているみたいで腹が立つわ」「男女平等の実現を主張しているんじゃあないの」佳織の意外な反応にライアン大佐はグラスを置くと手を膝の上で組んで身を乗り出した。
「アメリカの上司が職権を乱用して部下の女性に性的関係を迫るセクシャル・ハラスメントの報道を読んだ女性記者が『日本の企業でも同じことが行われているに違いない』って決めつけて取材をしたら日本の経営者は倫理観が高くて不祥事は見つからず、結局、性的な不快感を与えたことをセクハラに変質させたのよ。おまけに自分たちの無能さを上司が指導することを全て職権乱用にしてパワー・ハラスメント、モラル・ハラスメントなんて造語を乱発して日本社会の伝統的な倫理観を破壊しているわ」「そんなことをされたら軍隊は訓練や服務指導ができないじゃあないの。それで募集責任者だった佳織は苛立っているのね」この理解は的から外れて弾着不明だ。ただ「佳織が苛立っている」と言うところだけは当たっている。
「今夜、私の官舎に飲みに来ない。久しぶりに同期で語り明かしてフライデー・ナイト・フィーバーしましょうよ」「懐かしいわね。ジョン・トラボルタは元気かな」佳織がジョン・トラボルタ主演の「サタデー・ナイト・フィーバー」を見たのはハワイの中学生の時だった。1975年4月30日にベトナム戦争が終結して父が帰宅するようになっても精神を病みかけていた母との生活は修復されず、そんな中、同級生たちに誘われて見た。それでも彼女たちのようにディスコ通いに走らなかったのは自死願望を口にする母から目を離せなかったからだ。
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  1. 2020/07/05(日) 13:00:35|
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