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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1968

佳織が帰国する前夜、ノザキ家では送別の会食を催していた。志織は夏休み中、予備士官訓練課程の課題レポートの作成と自家用機の操縦免許の取得に向けての講座に時間の大半を割いていて大学の正規科目の中期試験の勉強は夕方から学内図書館でやっていた。そのため佳織と顔を会わすことはなかったが、最終日は母と義祖母の手料理を囲み、ビールを酌み交わした。
「志織、国籍はアメリカを選択するのね」「合衆国海軍の軍人になる以上、他の選択肢はないわ。日本が複数国籍を認めれば保持する程度の愛着はあるけど」志織がアメリカ国籍を取得したのは20歳前なので22歳までに手続きを行えばよいのだが、佳織も海外赴任が予告されているので準備は早めに進めておかなければならない。夫は志織に「牧野弁護士に頼んでおくから判らないことは相談するように」と指示したらしいが、佳織とは連絡が取れていない。
そこからはノザキ中佐と志織の飛行機談議が始まり、佳織はスザンナと互いの手料理の批評をしながら食事を続けた。スザンナは高齢化した夫のために低カロリーの日本料理を研究しているようで熱心な質疑応答を交わした。
「ダディ、若し、私の母の典子が自分の態度と行動を後悔して『やり直して欲しい』って願ったら、どうすれば許してくれたの」佳織が2人の飛行機談議が切れ目になったところで割り込むように質問するとノザキ中佐は目を険しくした。
「先日、『許さない』と言ったはずだ。理由も説明しただろう」その声は怒気を帯びている。元夫としては別れた妻の話題が好ましいはずがなく、ましてや死者を鞭打つような批判を重ねたくないのは当然だ。しかし、佳織はあえて同じ質問を繰り返した。
「同じ失敗を犯した愚かな娘のために答えて欲しい。夫を裏切ったことを後悔した妻がやり直してもらうにはどうすれば良いの」「佳織は裏切ってはいないわ。自分を優先してしまっただけじゃない」佳織の目があまりにも思い詰めている様子なのでスザンナが助け舟を出した。するとノザキ中佐と志織は黙って首を振った。
「確かにお前はモリヤ2佐を裏切った。夫婦としての信頼関係を放棄して自己中心な考え方に固執してきた。典子は戦地で危険な任務を遂行しているワシに外国生活と義母に対する不満を書き並べた手紙ばかり送ってきて、帰宅しても安らぎを与えようとはしなかった。モリヤ2佐にとっては法廷が戦場であってお前には全力で支援する責任があった。お前が担当していた職務は組織を使うことであって数人の弁護士だけで軍(自衛隊)としての法廷闘争を遂行していたモリヤ2佐の仕事とは比べものにならない」「マミィはお祖母さんみたいに不平不満は言わなかったけどダディの仕事を無視していたでしょう。それはとても大きな罪なのよ。マザー・テレサは『愛の反対語は憎しみ。それは違う。愛の反対語は無関心なんです』って説いたけど、ダディはずっとマミィの背中に語りかけていたのよ」志織の言葉に佳織は香川県に転属してから一度も帰宅せず、過密なスケ―ジュールに割り込んでくる夫の訪問を迷惑がっていた自分の態度を思い返した。会えばいつもの夫婦に戻れるが、電話やメールでは気持ちがつながっていなかったようだ。これは大学で心理学士を修得した通信幹部としては恥ずべきことだ。
「お前の質問に対する答えだが、若しも典子とやり直すとすれば父親としてお前の扶養責任を求められた場合だな。それもスザンナと出会う前に限定だ。知り合ってからはお前だけを引き取ってスザンナに任せたはずだ。尤も、典子は『ワシとの関係は断ちたい』と養育費も拒否したくらいだからあり得ないな」「私も梢さんから学ぶことが多いわ。淳ちゃんと一緒に娘になろうかしら」志織の追い討ちに佳織は唇を噛んで涙を浮かべた。帰宅した直後にこの言葉を聞いても単なる皮肉として無視することができたはずだが、佳織はライアン大佐の同性愛への誘惑の愛撫で夫の優しさに包み込まれていた夫婦生活を思い出して、自分の思い上がりを後悔していた。想定外の涙を見てノザキ夫婦と志織は顔を見合わせて黙ってしまった。
「お前は本当に後悔しているんだな。しかし、それは手遅れだ。モリヤ2佐が単身で赴任しているのなら何度も通うことで夫婦の呼吸を取り戻すことができるだろう」「でもダディは梢さんと暮らしているのよ。お互いに結婚する相手と決めていながら引き裂かれた2人の願いがやっと実現したんだもん、昔のマミィでも無理よ」志織とノザキ中佐は祖父&孫漫才の掛け合いの呼吸だ。これなら間違いなく中佐のパイロットになれるはずだが佳織には辛かった。
「ダディはマミィと結婚して忘れようとしていたはずだけど、梢さんはダディとの優しい思い出だけを幸せの記憶として身体障害者のあかりさんを育てながら仕事に励んできた。マミィもそうするしかないんじゃないの」「待っていれば梢に何かあった時の交代の可能性もある」「貴方、それは不適切よ」ノザキ中佐の軍人的な発想をスザンナがたしなめた。ノザキ中佐も梢の不幸を期待している訳ではなく、あくまでも損失の可能性と補完機能なのだが確かに不適切だ。
け・伊藤佳織イメージ画像
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  1. 2020/07/08(水) 12:49:38|
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