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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1972

杉本は帰国する前夜にはトミタ少佐が借りているワンルーム・マンションに招待されて手料理を味わった。タイは在住する日本人が多いこともあり調味料や食材の入手が容易なため、ハワイの日系人家庭で継承されている日本料理を再現できた。
「懐かしいな。これは日本でもどこの料理なんだ」「私のトミタ家は広島からの移民だから多分、広島の郷土料理ね。母はガンスって呼んでいたわ」テーブルの中央には大きな四角い厚揚げを盛った皿が鎮座している。どうやらこれが本日のメイン・ディッシュらしい。料理としては華がないが、2人で寄った漁港の市場で買ってきた鰯風の小魚をすり潰し、それに野菜や一味唐辛子を混ぜてパン粉をつけて揚げるなど手間暇は掛かっている。昔、味覚や材料ではなく手間を楽しむのが日本料理だと聞いたことがあるが、真新しいエプロンをはめて必死な顔で幸せそうに調理していたトミタ少佐=クミコの姿を味わうべきなのだろう。
「広島の料理って言えばお好み焼きに牡蠣にアナゴくらいしか思い浮かばないけど練り物もあるんだな」小皿に生姜を下ろし、醤油を注いでいるクミコに見解を述べると笑顔を向けながら手渡した。こんな光景は両親が生きていた頃以来だ。
「ご飯がタイ米なのが残念だけどジャポニカ米はバンコクまで行かないと売っていないし、運んでくるのが大変だから勘弁して下さい」「いや、お前の手造りの日本料理だけで十分だよ。これからは里帰りする気分でタイに来ることにしよう」クミコがこれも今日買ってきた茶碗代わりの小鉢にご飯を盛って手渡すと前置きはここまでにして手を合わせた。
「杉本、こんなに激しく・・・」夕食後はホテルに戻って残っていた精力をクミコの身体に注ぎこんだ。しかし、それは媚薬を用いて快楽を本能に刻み込むのではなく、愛情の記憶を共有するための共同作業だった。
「ヘリムもこんな愛し方をすれば・・・」窓越しの月明かりでクミコの幸せそうな寝顔を眺めながら杉本は自分の手で殺(あや)めた安楷林(アン・ヘリム)を思い出していた。保守系ジャーナリストとしてマスコミで華々しく活躍していた安楷林は女優並みの美貌を持ち、情報提供の報酬として政界要人に提供していた肉体も抜群の均整を保っていた。一方、トミタ少佐の顔立ちは平凡で美人に分類するかには一考を要する。肢体は日本人としても貧乳であって愛撫も握力のトレーニングを兼ねてしまう。それでも同じ年代で死んだ母親と比べれば似たようなものだ。全ての母親たちは誰かにその肉体を愛されたから子供を授かり親になったのだ。
「俺も甘くなったもんだな」杉本は自分の似合わない思考に苦笑以上の自嘲をしてしまった。冷酷非情を美学としていた杉本がこんな考え方をするようになったのも尊敬する工藤の変貌を見てきたからだ。秘匿された人事管理上は1等陸佐だった工藤は我が子のために日系企業のビルの守衛になり、制服を着て基本教練の動作を実施することを満喫している。へースケ=兵助と名づけた息子を抱いてジェニファーと3人で歩いているのに何度も出会っているが、今では好き夫、好き父以外の何者でもない。
「基地の外ではダーリンって呼んでも好い」いつの間にか隣りで眠っていた杉本に先に目を覚ましたトミタ少佐は甘えたように訊いてきた。まだ身体の深いところに一体感の手応えを残したような顔をしている。杉本が知っている他国の情報要員たちは単なる業務として淡々と危険を冒して敵地に潜入し、身分を偽って人を欺き、必要とあれば生命を奪っていた。女を犯すのも同様だ。杉本もそれに倣っていたが、やはり単純明快に自分以外を否定できる一神教徒の彼らのように業務とは割り切れず、凡人としての生活には距離を置いてきたのだ。
「うん、好いよ。ハニー」杉本の背筋が痒くなるような返事を聞いてトミタ少佐は嬉しそうに嬉しそうに腕を首筋に回して口づけをしてきた。高校時代に初体験した同級生、大学時代に遊んだ多くの女子大生、そして幹部自衛官の特権のつもりで慰安婦にしていたWACたち、彼女たちも抱かれた後には同じような言葉を求めていたのかも知れない。それを受けつけなかったのは杉本が幼い頃から在日の半島人たちに植えつけられた日本人的な情緒を認めない人間不信があったからだ。在日の半島人たちは自分たちの居住地域や家の中を対岸の半島として生活し、殊更に日本を侮蔑していた。杉本の親が困窮する半島人たちに同情して友人になることを認めたのも、彼らにとっては従僕が主君に奉仕することに他ならなかった。ただし、それに気づいたのは杉本が大学に進学することが決まり、それを羨望した長年の友人たちが口汚く誹謗してきた時だった。だから杉本は岡倉が李知愛中尉に関心を持った時も、自分と同じように官能剤を飲ませて犯し、媚薬で快楽に溺れさせように指示したのだ。
「これからはホテルを取らずに来るぞ。愛しのハニーの部屋で暮らすんだ」「待ってるわ」クミコが嬉しそうに抱きついてきたが、もう1戦始められるほどの精力は残っていなかった。
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  1. 2020/07/12(日) 13:06:23|
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