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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1977

「やっぱり暑いなァ」「名古屋に寄ってきたのが準備運動になったけど、飛行機で来ていたら早速、夏バテするところだったわ」名古屋からのぞみで博多に着き、鹿児島本線に乗り換えて久留米まで来れば移動は完了だ。久留米駅に着いた時には午後の日差しも少し弱まっていたが、それでも北海道の名寄とは比べものにならない。北海道では盆を過ぎると朝夕は急激に冷え込むようになり、綿が入った布団でなければ朝には目が覚めてしまう。その点、久留米では当分タオルケットが活躍しそうだ。
「明日、アパートの入居手続きを済ませてから運送屋さんに電話して、荷物が届いたら貴方は入校ね」「うん、1人で片づけをやらせることになるよ。悪いな」アパートは幹部候補生学校が紹介してくれた。幹部候補生学校では妻子持ちの部内部外(=自衛隊で通信課程や夜間課程を修了した部外課程の合格者)の候補生のために数軒のアパートを確保しているが、最近の不景気で自衛隊の志望者が増えたのに反比例して部内部外の人数が少なくなり、手頃な部屋が空いていた。明日はホテルから駐屯地で教えてもらったアパートに向かい、管理人との入居手続きを済ませてから支社止めになっている荷物の配送を依頼し、残った時間で必要な品物を近くのスーパー・マーケットで買い込めば引っ越しは終わる。
航空自衛隊の部内課程の入校は防衛大学校や一般(部外)課程と一緒のため入校式は家族などが参列して盛大に行われるが、陸上自衛隊は時期外れなので近傍の福岡県や熊本県の駐屯地から入校する候補生が家族を呼ぶくらいでこじんまりしている。当然、安川候補生は聡美を呼んだ。
「来賓紹介、本日は8月22日付で西部方面総監に着任されました晩鐘幸一郎陸将にご臨席いただいております。なお晩鐘陸将は平成19年7月から平成21年3月まで当幹部候補生学校の学校長兼前川原駐屯地司令も勤められておられます」式が始まる前、思いがけない幸運が紹介された。名寄での壮行会で分隊長の1曹からかつてのアンパンマン連隊長・晩鐘1佐が西部方面総監に着任したことは聞いていたが、2小隊長が即座に「部内課程には建軍駐屯地での研修はない」と否定したため諦めていた。その本人が舞台上の席に座っている。あれから10年経つが昔から貫禄があったのでそのままのように見える。考えてみれば防衛大学校と一般(部外)課程の入校式には幕僚長かその名代が来賓になるので晩鐘陸将が出席することはない。家族席の聡美にも思い出話で聞かせている晩鐘陸将の実物を見せる=に会わせることができた。
式は足音が1つになるように立って座るを繰り返しながら形式通りに進んでいく。安川候補生は比較的長身なので席は前から3番目の中央付近だ。やがて来賓祝辞になった。
「続きまして来賓の西部方面総監、晩鐘陸将からご祝辞を賜りたいと存じます。晩鐘陸将、お願いします。候補生、気をつけ」「気をつけ」指揮官の候補生の号令で、また一斉に立った。それに合わせて晩鐘陸将が壇上中央の演台に歩み寄ると侯補生たちが声は出さないが大きく息を吸って止めたのが判った。今回、入校した候補生たちもニュースでは髭の隊長の方ばかりを紹介していたが、第1次イラク派遣復興支援群長としての晩鐘1佐の存在感も記憶しているようだ。晩鐘1佐は見覚えがある動作で指揮官と敬礼を交わすと、胸ポケットから奉書を取り出して開いた。そうして訓示の前に隊員たちの顔をユックリ見回すのが癖だった。
すると晩鐘陸将は安川候補生の顔に気づいたようで一瞬、視線を止めた。目立つ位置ではあるがそれ以上に熱い視線を感じたらしい。一般の行事の聴衆であれば目が合った瞬間に笑顔を浮かべ、挨拶代わりに小さくうなずくのかも知れないが、そこは厳格な自衛隊の儀式だ。安川候補生は視線だけを最大限に熱くして晩鐘陸将の顔を注視した。
「以上、終わり」「候補生、気をつけ」「気をつけ」晩鐘陸将の祝辞が終わり、候補生たちは「気をつけ」をしたが、今回は足音が揃わなかった。やはり内容が深い祝辞に感銘を受け、意味を考えてしまった候補生が少なくなかったのだ。
晩鐘陸将はイラク派遣においては隊員たちに「GNN=義理・人情・浪花節」を徹底した。それはイラク人の気質が驚くほど古い日本人に似ていると明察し、それに応えるためには「隊員の方が先祖返りすることだ」と出した答えだった。
クエートの空港に到着した時にも「アメリカの協力者」としての回答を期待する記者たちに「我々は同じように敗戦を経験した友人として復興の手助けに来た」「メソオポタミア文明を築いたイラク人に日本人と同じことができないはずがない」と挨拶してイラク国民の共感を得た。
今回の祝辞では「自衛隊は強くなければならない。それは戦闘力だけでなく過酷な環境に耐え、黙々と任務を遂行する耐久力だ。諸官らは古くから日本社会を支えてきた叩き上げの幹部として強い指揮官になってもらいたい」と激励した。是非、会って話をしたかったが無理なのは判っている。せめて葉書を出すことにしよう。
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  1. 2020/07/17(金) 12:44:13|
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