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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1982

淳之介の連絡船が雲島の波止場に到着すると診療所の保健士の砂川直美が待っていた。砂川は白衣の上下に麦わら帽子をかぶっている。白衣のズボンがバミューダー・パンツなのは手製だろうか。白衣のズボンは薬品や患者の体液が足にかからぬように長い方が好ましいと言われているが昔は膝下までのスカートだったからその長さを踏襲したようだ。
「船長さん、あかりと息子を島に呼ぶ話はどうなったんねェ」連絡船を接岸させて、舫(もやい)綱で固定すると砂川は舫杭に寄り掛かるようにして声をかけた。実は淳之介もこの問題で頭を悩ましている。砂川には「可能性」「選択肢」と言う形で相談したものの勝手に話を進めてしまったので、船のようにスクリューを反転=後進=ブレーキに切り替えられないのだ。
「家は数年前に亡くなった西大浜さんの息子さんが帰ってきた時に訊いたら『家賃なしで使えば良い』って言ってくれたのさァ。あの家ならオバア用にバリア・フリーに改造したからあかりでも心配ないよ」淳之介は砂川の説明で数年前、石垣市の火葬場まで運ぶ西大浜のオバアの棺を乗せたことを思い出した。どの島のオバアたちも永久に死にそうもない生命力を感じさせるが(オジイはそうでもない)、やはりお迎えはやってくる。海の彼方にあると言う沖縄のニライカナイ浄土からはミルクユガフ(弥勒世果報)もやはり阿弥陀如来のように迎えに来るのだろうか。淳之介は八重山の西の空と海を紅く染めて沈む美しく大きな夕日を見るたびにそこにニライカナイがあるように感じて手を合わせ、頭を垂れている。
「保育所も今預かっている子供が小学校に入ったら保育士を石垣市に返さなければいけなくなるから助かるって喜んでいたよ」砂川は島の保育所にまで声をかけてしまっている。サトウキビ畑と野菜の農耕や酪農、家内漁業で自活している家以外の若者たちは石垣市や沖縄本島に就職しているため島の子供の数は減少している。今でも保育所は保育士1人に子供1人のマン・ツー・マン状態なのではないか。その子供も母親が家にいるため本来は保育の対象外なのだが、「農業を手伝う」と言う名目で支所が申し込ませた特例入園だったはずだ。何にしてもこうなるとますます「後進一杯」「ヨーソロ」と言う訳にはいかなくなる。淳之介は父にもらった白い海軍士官の略帽をかぶり直すと砂川に正対して話を始めた。
「俺も社長に相談してみたんですが、朝は会社に出勤してもらわないと困るって言うんです。俺としてはこの島の波止場に連絡船を停めて朝一番にこちらから石垣港に向かう便にして乗客を拾いながら出勤すれば良いかなって考えていたんだけど、朝刊を積んで島に配達するのもこの連絡船の大切な役目なんだって。何よりもこの島では点検・整備が単独作業になるし、工具も船に積んである応急処置用しかないからお客さんを乗せるだけの信頼性を確保できないそうです」淳之介の説明を聞いて砂川もこの船会社の厳格なプロ意識に納得せざるを得ないのだが、それが嫌なので斜めにうなずいた。
「あかりと恵祥を雲島に住ませて俺が週1回帰れば良いかとも思うけど、そうなると足になる便がないんですよ。わざわざ俺の通勤のために別の人に操舵してもらう訳にはいかないでしょう」砂川自身も淳之介から話を聞いた時、あかりや恵祥母子だけでなく島のためにも妙案だと思ったが、現実は色々な事情が複雑に絡み合って簡単には動かないと言うことだ。
「後は西表島に行く船に雲島に寄ってもらうとか、俺が漁船を買って通勤するって奥の手も考えてるからもう少し待って下さい」頭を悩ましている成果を披露して淳之介は昼食の弁当を食べるために操舵室に向かって歩き出した。ところが話が終わったはずの砂川もついてきた。
客室の席に座ってお茶のペットボトルを飲んで弁当を開けた淳之介に砂川が事情聴取を始めた。砂川も昼食の時間のはずだが、今日は患者がいなくて暇を持て余しているらしい。
「お弁当はコンビニで買っているのね」「はい、最近は面倒臭くなって朝飯と晩飯もコンビニ弁当が多いです。外食より安上がりでしょう」「それでも野菜は多めに食べなきゃあ駄目だよ。休みの日に鍋で煮て冷蔵庫に入れておけば3日くらいは食べられるから」これは保健士としての生活指導らしい。淳之介も父に似て料理は嫌いではないが、あかりとの別居生活が長くなって次第に家事にまで負担を感じるようになっている。すると砂川が妙な真顔で質問した。
「それで船長さんはホーをどうしてるねェ」「ホーってホーですか」「女に何度も言わせるんじゃないの。ホーはホーさァ」唐突に砂川が「性欲の解消」を質問してきたので思わず確認したが、言い出した砂川の方が少し赤らめた頬を膨らませて文句を言った。
「ホー」とは「宝味」と書いて「ホーミー」、沖縄方言の女性器と性行為のことで、それを照れ隠しに省略すると「ホー」になる。これも保健士としての生活指導に含まれないことはないが、むしろ別居生活を送る若い独身男性への浮気防止を目的とする身の下相談のようだ。淳之介は箸で摘まんでいたオカズの海老フライを戻すと砂川から視線を外して答えた。
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  1. 2020/07/22(水) 13:03:36|
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