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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

女優・オリビア・デ・ハビラントさんの逝去に慟哭する。

7月26日に現在アメリカでは「アフリカ系奴隷を使っていた南部の富豪を肯定的に描いている」としてネット配信自粛中の名作「ゴーン・ウィズ・ザ・ウィンド(邦題・風と共に去りぬ)」で清純な娘から良妻賢母になる主人公の友人・メラニー・ウィルクスを演じた女優・オリビア・デ・ハビランドさんが亡くなったそうです。104歳でした。
野僧は家にあった世界名作全集の巻頭に映画化された時の名場面の写真が掲載されていたため小学校の高学年で手に取っていきなりその清純な美貌に心奪われ、マーガレット・ミッチェルの原作を読み進めながらその場面の写真を喰い入るように見てしまいました(まだ年齢的に別の目的に使うことは知らなかった)。その後、沖縄で出会った亡き妻は日米のミックスだったこともあり、オリビアさんに少し似た面差しだったので国際通りの地下映画館で「ゴーン・ウィズ・ザ・ウィンド」を見た時にはオリビアさんが登場すると隣りの生メラニーを観賞したものです。また毎月購読していた映画雑誌に掲載されていた若い頃の写真はスタイル抜群で(一般のハリウッド女優のような巨大な爆乳ではなく円錐形の美乳)、その点も亡き妻に共通していて逆に会えない時にはグラビアを見て自分を慰めていました。
しかし、当時は「オリビア」と言えばイギリス人歌手の「ニュートンジョン」さんか、映画「ロミオとジュリエット」で主演して布施明さんの妻になっていた「ハッセー」さんのことで、飲み屋の有線放送で杏里さんの「オリビアを聴きながら」が流れて「オリビア」談議が始まると「ニュートンジョン」ファンは「フィジカル」を唄い、「ハッセー」ファンは布施さんの「君は薔薇より美しい」で対抗しましたが、「デ・ハビラント」ファンは黙っているしかありませんでした(野僧は映画「ロミオとジュリエット」の挿入歌「What is youth」を唄えましたがカラオケはなかった)。
そんなオリビアさんは第1次世界大戦中の1916年にイギリス人でケンブリッジ大学卒の東京帝国大学の英語教授とロンドンの王立演劇学校出身の舞台女優の間に生まれました。ところが娘たちの健康がすぐれないことを「東京の気候が合わないから」と考えた母の希望で1919年に家族で太平洋を渡って帰国の途に就きますが、船上でオリビアさんが気管支炎を発症したためカリフォルニアに留まって療養することになったのです。すると父親は日本から同行した家政婦と2人で戻ってしまったため、母親はアメリカで子供たちを育てることになりました。そうしてオリビアさんは妹と一緒に母親から音楽や弁論術などの演技の基礎を学び、高校生だった1933年に地域の素人劇団の「不義の国のアリス」で主演し、卒業後に地元の劇場でシェークスピア劇「真夏の夜の夢」に主演しているのを見た有名演出家の勧誘と推薦を受けて映画化された同作品でハリウッドに入り、やがて「ゴーン・ウィズ・ザ・ウィンド」のメラニー役を掴んだのです。この作品ではアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたもののアフリカ系女中役のハティ・マクダニエルさんに譲ることになりましたが、1946年の「トゥー・イーチ・ヒズ・アウン(邦題・遥かなる我が子)」で主演女優を受賞して1941年にヒッチコック作品「断崖」で受賞していた妹のジョーン・フォンティンさんと唯一の姉妹主演女優賞受賞者になっています。心から冥福を祈ります。
OliviaDeHavilland.jpg役柄は「メラニー」になっている化粧後の写真。
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  1. 2020/07/29(水) 13:45:32|
  2. 追悼・告別・永訣文
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